特集│レジリエンスの視点 災害研究における理論と実践をつなぐ

土砂災害を未然に防ぐためには

松澤 真
MATSUZAWA Makoto
斜面未災学研究センター准教授

レジリエンスと聞いて、どのようなことをイメージしますか? この言葉は様々な分野で使われていますが、防災の分野では「災害を未然に防止し、被災後の速やかな復旧など災害への総合的な対応力」という意味で使われることが多いです。私が専門とする土砂災害は、崩壊した斜面のすぐ隣の斜面は無傷、というように局所性が強いため、土砂災害を防ぐためには、「斜面ごとの個別対応」が必要になります。しかし、個別対応には高額な費用が必要で、全ての斜面を対象にすることは難しいのが現状です。そのため、「重要な施設などがある斜面は個別のハード対策」をして、それ以外は、「広域を対象にしたソフト対策(防災マップの作成、防災教育、避難指示など)」をする2段構えの対策が土砂災害の被害を軽減するために重要であると考えています。この2段構えが私の考える土砂災害のレジリエンスです。

私は、長野県辰野町で10年近く、町の住民の方と連携して作成する住民参加型の防災マップに携わっています(図1)。その活動を通じて痛感するのは、科学的な根拠に基づいて崩壊危険斜面を抽出し、その危険性を指摘することは重要ではあっても、それだけでは、住民の方が自分ごととして土砂災害の危険性を感じるのは難しいということです。裏山の土砂災害の危険性を自分ごとと捉えていなければ、いくら科学的に正しい説明をしても、豪雨時などの早期避難には繋がりません。地域の土砂災害の実態を自分ごとと考えて、正しく恐れるためには、工夫が必要です。例えば、辰野町には「蛇石」という天然記念物があり、親子の蛇が身を挺して土石流を止め、下流にある村を救ったという伝承となっています。これを地域の防災教育で活用しています。また、住民が自ら危険斜面に実際に足を運び、崩壊危険斜面で土層の厚さを測ることも非常に効果的でした。裏山に崩壊の恐れがある土が厚く堆積していることを実体験を通じて感じることで、土砂災害の危険性を認識でき、その後の防災マップ作成のブレーンストーミングでは色々な意見がでるようになりました(写真1)。

地域の土砂災害を考えるには、土地の成り立ちをも理解する必要があるため、地質・地形などの地学の知識が必須となります。しかし、地学が大学受験科目として使えることが少ないためか、高校での地学の履修率が極端に低く、地学の知識が一般にまで普及していないことが多いと感じています。このような問題点を解決するために、辰野町の防災講習会においては地学の知識を使って土地の成り立ちを説明するといった防災教育を行っています。地学教育を行い、住民の防災意識を高めることも、広い意味で土砂災害のレジリエンスに繋がると考えています。

最後になりますが、私が所属する斜面未災学研究センターは、「未災」という言葉を冠しているとおり、災害後の対応よりも災害前に、未然に災害を防ぐことに重点を置いています。今回、紹介したような取り組みを通じて、土砂災害を未然に防ぐ活動に貢献したいと考えています。

図1 住民参加型の防災マップの作成イメージ

写真1 防災マップ作成のためのブレーンストーミングの状況(2024年11月長野県辰野町)