特集│レジリエンスの視点 災害研究における理論と実践をつなぐ

非日常な洪水災害を日常のものに

田中 智大
TANAKA Tomohiro
社会防災研究部門 准教授

洪水災害は、大雨によって河川が増水、氾濫することで発生します。近年、特に甚大な被害をもたらしていますが、本来、洪水災害は局所性の強い災害であり、ざっくりと言えば、低地で氾濫した水は高台までは上ってきません(そういった場所では概して土砂災害の危険性が高まりますが)。洪水災害に限っていえば、究極のレジリエンスは、河川の近くや周りより標高の低い低地に住まないことと言えます。

当然、この選択を取れる人は限られていて、低地の都市部に住む多くの方にとって洪水リスクの残る地域でのレジリエンスを獲得することが重要となります。水害常襲地に足を運ぶと、東南アジアでは2階以上に住む高床式の(図 1)、日本では基礎が嵩上げされた住居を多く見かけます。毎年のように水害が発生するフィリピンの農村では、ボートを常備していて、台風で集落が浸水するとボートに乗って水上移動に切り替えます。こうした地域では、我々にとって非常事態である洪水災害が日常であり、人々は洪水災害と共生することでレジリエンスを獲得しているといえます。

では、頻繁に浸水を経験しない都市の場合はどうでしょう? 洪水災害は非日常であり、考えたくもない、あってはならない状況、ということになります。高度に発達した社会に暮らしていると、社会インフラに安心しきってしまい、備えがどうしても疎かになってしまいます。洪水災害に対してダム建設や河川整備といった社会インフラを整備した結果、河川近くの開発が進み、むしろ洪水リスクを増加させる現象は古くから「堤防効果」として知られており、インフラ整備に頼ることで住民の危機意識が低下し、洪水災害に対するレジリエンスが下がる例として語られます。

ただし、洪水災害はある程度予見できるからこそ、レジリエンスの議論に終始することには注意が必要です。治水の歴史の中でインフラ整備が社会の発展を支えてきたわけで、先の洪

水常襲地帯では、確かに人々は洪水に対してレジリエントですが、毎年雨季に浸水していては、やはり工業化や都市化は難しくなります。レジリエンスは人々の意識とそれに基づく事前の備えや避難行動に重きが置かれることが多いですが、同時に社会インフラという人類の英知によって根本的なレジリエンスに支えられていることもまた事実です。

現代社会における洪水レジリエンスは、ダムや堤防が整備される前の状況を知り、地域を流れる河川がもつ本来の「日常」を理解することで、社会インフラに頼り切った意識を整理することから始まります。そのうえで、日ごろは社会インフラの恩恵に預かりつつ、保険に入っておくことで資産を守り、避難の段取り(マイタイムライン(図2))を整理して頭に入れておくことで命を守ること、それによって少しでも非日常と化した洪水を日常の中に織り込むことが重要であると考えます。

図1 フィリピン農村部の浸水常襲地における高床式の住居(筆者撮影)

図2 マイタイムラインの様式の一例(茨城県)(https://www.pref. ibaraki.jp/seikatsukankyo/bousaikiki/bousai/bousaitaisaku/ jishubou/mytimeline_waga.html)