新たな言葉が社会にもたらす効果と影響

MATSUDA Yoko
巨大災害研究センター准教授
今回、「レジリエンス」をテーマに特集が組まれたのも、この言葉がいったい何を捉え、何と区別しているのか、私たち自身がまだ明確に答えられる状況にないからでしょう。新たな言葉が生まれる背景には、その時代がその言葉を必要とする理由があります。一方で、社会に定着し、誰もが意味を共有できるようになる前の新しい言葉には、発信者の使い勝手に合わせた定義づけが、都合よくなされがちであるという危うさもつきまといます。
私の研究領域である市民参加型の防災計画においては、言葉は重要な関心事です。なぜならば、ハザードマップにせよ避難情報にせよ、その設計過程にどれほどの工学的知見が含まれていようと、最終的にそれらを市民と共有するためには、言葉で語られなければならないからです。では「レジリエンス」という言葉は、防災計画という視点で見たとき、私たちの社会にどんな効果と影響をもたらすでしょうか。
専門用語としての「レジリエンス」は、材料工学の分野において、「部材が変形したあと、元の形に回復することのできる力」を指す用語として用いられていました。その後、この概念を生態学者であるC. S. Hollingが1973年の論文( 注1) で環境システムに応用したことで、「システム、企業、個人が極度の状況変化に直面したとき、基本的な目的と健全性を維持する能力」を指す言葉として、多くの分野で応用されるようになりました(注2)。
このことは、「レジリエンス」に関連した図書がどのように増えてきたかを調べるとわかります。図1のグラフは、国立国会図書館の蔵書を検索できるウェブサイト
(国立国会図書館サーチ)において、「レジリエンス」をキーワードとする図書を検索した結果(全1,066件)を出版年別の冊数として表したものです。2000年以前に出版された図書はわずか8冊、そのタイトルを見ると、「材料強弱学」、「工業材料便覧」など、材料工学の専門分野でのみ用いられていた言葉であったことがわかります。一方、21世紀に入りこの言葉に関連する図書は急増しており、レジリエンスに関連する図書の約半数(48%)は、2021年以降に発刊されていました。
では、一般社会においては、レジリエンスは何を指す言葉として用いられているのでしょうか。まず英英辞典を引いてみると、Cambridge Dictionaryでは1番目の意味として“the ability to be happy, successful, etc. again after something difficult or bad has happened”(何か困難や悪いことが起きたときに再度幸せや成功に至ることができる力)、2番目の意味として“the ability of a substance to return to its usual shape after being bent, stretched, or pressed”(曲げられたり、伸ばされたり、押されたりした後に物体が通常の形に戻る力)と出てきます。この英語の原義から、日本語では「回復力」や「復元力」といった和訳が与えられることもあります。実は防災の文脈においては、「国土強靭化」という政策とともにレジリエンスが語られることも多いのですが、原義と比べると、強靭化という語がもたらす印象との違いを感じる方もいるでしょう。このように、新しいカタカナ語が日本で使われるときには、発信者の意図に合わせた和訳をつけるという、独特の仕掛けが加わることもあります。
さて、いずれの意味にせよ、共通するのは外力を受けることを前提としているという点です。防災で言えば、「被災することを前提とする」ということになります。災害は力ずくで防ぐべきものと捉えていた「防災」の時代から、被災を前提とし、その被害を「減らす」ことに知恵を働かす「減災」、言い換えればリスクマネジメントへの時代の変化が、日本語のレジリエンスという言葉を生んだと言えるでしょう。
ただし注意すべきなのは、そこからの回復が個に備わる能力として捉えられてしまう危険性です。信田(注3)はトラウマケアにおけるレジリエンスについてその点を指摘し、そうではなく「被害者とは、抵抗(レジスタンス)を行う人たちだ」と述べています。災害からの復興においても、社会は「がんばる被災者」を理想とし、被災者に過度な無垢性を求めがちです。しかし、社会にとって重要なのは、人々ががんばることを可能とする環境や制度を整えることであり、レジリエンスの言葉の力に任せて、復興を個人任せにすることは避けるべきことと言えるでしょう。そして、新しい言葉が世に生まれたときには、その言葉が誰によってどのような意図で使われているのか、見極めることが必要です。
(注1)Holling, C. S.: Resilience and Stability of Ecological System. Annu. Rev. Ecol. Syst., Vol. 4, pp. 1-23, 1973.
(注2)Zolli, Andrew and Healy, Ann Marie: レジリエンス復活力~あらゆるシステムの破綻と回復を分けるものは何か, ダイヤモンド社, 2013.
(注3)信田さよ子:家族と国家は共謀する : サバイバルからレジスタンスへ、角川新書、2021。