能登半島地震により発生した斜面変動

MATSUSHI Yuki
地盤災害研究部門山地災害環境研究分野
教授
能登半島地震では、半島北部を中心に、数千か所で斜面変動が発生しました。発災後に撮影された空中写真の判読により、能登半島北岸の海食崖で大小の崩落が生じ、山間地では多くの表層崩壊と土石流および地すべり様の斜面変動が生じて、数十か所で土砂が河道を閉塞して上流側に湛水している状況が明らかになりました。湛水容量は最大でも104m3のオーダーであると推定され、湛水量が大きく急激に決壊する可能性の高い堰止湖が出現しなかったことは、地震の規模を考えると救いであったといえます。斜面変動により道路網が寸断され、各地で集落が孤立するとともに、避難・救援のための人の移動と物資の輸送に著しい支障をきたしました。海岸沿いの道路では自然斜面や法面の崩落により路面やトンネルの出入口がふさがれ、高速道路沿いでは谷の横断部で盛土の路肩が沈下・崩壊するという典型的なパターンが頻発しました。
斜面変動は、震源断層からの距離および地形と地質に規制されて発生しています。その様相は、半島の北東部を北西-南東方向に横断する領域で観察することができます(図1)。まず、震源断層に近い北岸からの距離に対応して、斜面変動の発生数は速やかに低減します。また、地形起伏量が大きく(図1A)、火砕岩を基盤とする場の条件(図1B)で、斜面変動が集中的に発生していることがわかります。このことは地形による地震動の増幅効果と地質構造や強度特性を含む風化帯の性状が、斜面変動の要因となっていることを示唆しています。
能登半島には第三紀の堆積岩類と火山岩類が広く分布し、北東-南西方向の軸を持つ褶曲構造と主谷の空間配置が、急勾配の受け盤(地層と地表の傾きが反対方向の)斜面と、相対的に緩勾配な流れ盤(地層と地表の傾きが同方向の)斜面を作り出しています。泥質岩の分布する地域で生じた斜面変動については、受け盤側では急傾斜部でのごく浅い表土層の崩落(図2A)が大多数であったのに対し、流れ盤側では、しばしば、深い地すべり性の崩壊(図2B)が見受けられました。この泥質岩は乾湿風化(吸水・乾燥に伴う岩石の膨張・収縮の繰り返し作用による風化)しやすいという特性があり、赤褐色ないし黄白色の厚い強風化岩盤の下位にある暗灰色の弱風化岩が、深い崩壊地のすべり面で露出している様子が観察されます。このことは風化帯の構造と物性が斜面変動の要因となっていることを示唆しています。
火砕岩を基盤とする斜面では、凸部が欠け落ちる形態での典型的な地震時崩壊のほか、起伏の大きな山塊の山稜部に近い浅い凹地で崩壊が生じ(図2C)、崩土は土石流となって谷に沿って長距離を流れ下るというパターンが数多くみられました。露頭観察から、この火砕岩は、基質のガラス部が水和し、粘土化することで、著しく水理・力学的な性質が変化するという風化の経過をたどるものとみられます。未風化部は硬質であり、風化部との地震動に対する挙動のコントラストが大きいであろうことや、地震発生前に数週間スケールで相当量の降水と融雪があり地盤が湿潤であったことも、この火砕岩分布域での斜面変動の様相に影響を及ぼしたと推察されます。泥質岩との境界付近では、規模が106m3のオーダーに達する巨大な地すべりも発生しました(図 2D)。火砕岩と泥質岩が接する界面での特定の粘土鉱物の生成を伴う潜在すべり面の形成が、その原因となっている可能性も考えられ、今後の調査が待たれます。多くの場所で、勾配の大きな渓床に不安定な土砂が堆積した状態にあり、今後長期的に、降雨に伴う出水による多様な形態での土砂の二次移動と低地への流出が懸念されます。