地殻変動観測からみた能登半島の地震活動

NISHIMURA Takuya
地震災害研究センター宇宙測地研究領域
教授
2024年1月1日16時10分に石川県能登半島の地殻内を震源とする大地震が発生しました。震源の深さは約16km、マグニチュード(M)は7.6で、輪島市や志賀町で最大震度7を観測したほか、能登半島の広い範囲で震度6弱以上の強い揺れに襲われました。この地震による死者は241名、重軽傷者は1,540名を数え、住家被害も全壊8,789棟、半壊18,813棟、一部破損83,154棟といった大きな被害が生じています(2024年 3月22日現在、消防庁調べ)。また、この地震に伴い最大遡上高で5mを超える津波が発生し、能登半島の東側の珠洲市や能登町の沿岸域では住家への被害が生じたほか(土木学会海岸工学委員会調べ)、多数の地すべりなどの斜面災害、火災、地盤の液状化など、複合的な災害が生じました。能登半島北東部では2020年12月頃から活発な地震活動や隆起などの地殻変動が観測されており、社会的な関心が高まっていた中でこの地震は発生しました。発災後も、半島という地理的条件と主要道路の崩壊により、救援活動や復旧・復興活動が難航し、防災・減災における多くの課題が浮き彫りになりました。
2024年1月1日16時10分に発生した能登半島地震は、マグニチュード(M)が7.6と日本海側や内陸部で発生する震源の浅い地震としては最大級の地震でした。能登半島北東部ではこの地震の3年ほど前から活発な群発地震活動が起こっており、2023年5月5日のM6.5( 最大震度6強)などの大きな地震が相次いで発生していた中で、一連の地震活動の中で最大の地震が2024年元日に発生しました。本稿では、GNSSによる地殻変動観測結果を中心に一連の地震活動とそのメカニズムに関する仮説を記します。
この地震は、能登半島の北方沖にある北東―南西方向に延びる活断層が動いたことが有力視されています。この活断層は地下では南東方向に傾斜しており、今回の地震では能登半島の地塊が日本海側の地塊に乗り上げるような逆断層運動をしたと考えられています。地震に伴う地殻変動は、GNSS( 米国のGPSなど人工衛星を用いた測位システムの総称)により、能登半島北部を中心に水平方向で西向きに最大2m程度、上下方向は能登半島の北岸で最大2m程度隆起したことが観測されました。さらに、合成開口レーダー(人工衛星等から電波を地表面に向かって照射し、散乱波を受信することによって地表面の物性や地殻変動を観測するセンサー。SARとも呼ばれる)画像の解析からは、輪島市西部の沿岸域で最大4m程度に達する隆起が観測されています。能登半島北岸の隆起は、現在の標高や海成段丘の分布と調和的であり、過去にも繰り返し同じような地震が発生してきたと考えられます。
2024年元日の大地震に先行して、2020年12月頃から能登半島北東部では地震活動が活発化していました(図 1)。地震活動の活発化とほぼ同時期に、能登半島北東部のGNSS観測点では、隆起などのそれまでと傾向の異なる「非定常」地殻変動が観測されました。そのため、私たちは金沢大学と協力して、 2021年9月に地震の震源域近傍に臨時のGNSS観測点を設置していました(図 2)。さらに、ソフトバンク株式会社による独自基準点(GNSS観測点)のデータ提供を受け、能登半島における非定常地殻変動を明らかにすることができました。 2020年12月から2023年4月までに、群発地震の震源域から放射状にひろがる最大約3cmの水平変動と震源域周辺で最大約6cmの隆起を示す非定常地殻変動が観測されました。
筆者が推測する一連の地震活動のメカニズムに関する仮説は、つぎのとおりです。能登半島北東部には、下部地殻にもともとマントル起源の深部流体に富む領域がありました。ここから流体が2020年12月に地震活動を伴いながら、深さ16km程度まで上昇しました。上昇してきた流体の体積は3,000万m3にのぼると考えられます。この流体が南東傾斜の断層帯を通って移動・拡散し、深さ15km以深では主にスロースリップを引き起こし、深さ15km以浅では激しい群発地震を誘発しました。さらに、この近傍には、過去千年以上にわたり応力を蓄積してきた海底活断層があり、流体上昇がその破壊の最後の引き金となって、M7.6の大地震が発生したと考えられます。