お道具拝見(9)
お道具拝見(9)

肉眼で見えない造形を捉える機械

ハイスピードカメラ

土佐 尚子
TOSA Naoko
産学共同研究部門
アートイノベーション(凸版印刷)研究領域
特定教授

私たちが、今一番大事にしている道具をご紹介しましょう。それは、「肉眼で見えない造形を捉える機械」であるハイスピードカメラです(図1)。

この道具に愛着を持ったのは、それまで私が25 年ほど携わってきたCGに限界を感じた時でした。当時、 CGでアートを作ることに執心していたのですが、CGでの表現を深めれば深めるほどデータやシミュレーションという知の領域に入り、出来上がった作品を心で感じることがなくなってきました。ある日、何もデータがない時に、空のブラックボックスであるコンピュータから目を外し、窓の外を改めて見たとき、自然界は輝いていてなんて美しいんだろうと感じました。私は京大に着任する前に在籍していたMIT建築学科にあったバウハウスを継承したCenter for Advanced Visual Studies(現 Art Culture and Technology)でArtist Fellowとして働いていました。私の研究室は、MIT MUSEUMの中にあり、私を招聘してくださったProf. Steve Bentonの先生であるハロルド・エジャートン(ストロボカメラの発明者)による写真や映像を博物館 でよく見ていたのもきっかけとなりました。そこからハイスピードカメラに興味を持ち、かれこれ10 年間ほど使っています。今や手元のハイスピードカメラは3台に増え、自慢のレンズは最高級のドイツのZEISSのシネマレンズです。もうこのレンズを使ったら、他のレンズは、皆、ピンボケに見えるぐらい、惚れ惚れするレンズです。

現在、私の研究室で仕事をしてくれているパン・ウネン助教とは、私が京都大学情報環境機構に在籍していた2015年に大学院生として指導したときから一緒にさまざまなハイスピードカメラを使った実験研究を行ってきました。そこから生まれたのが、“Sound of Ikebana” 技法です(図2)。これは、スピーカーの上に流体を置き、スピーカーから発生する音の振動をハイスピードカメラで 1/2000秒のシャッター速度で撮影することで、肉眼では見えないけれども実存する、カオスな造形を撮影する方法です。2012~2013年の期間に、いくつかの方法を試しつつ現在の方法が完成しました。この、“Sound of Ikebana” 技法を用いて、宇治川オープンラボラトリーの津波シミュレーションの音から生まれる映像を撮影しました。しかしながら当初は、波を表現する長いストロークが上手く表現できませんでした。そこで約2mの落下で0.5秒ほどの微小重力が発生する原理を用いて、4mの自由落下装置を作り、スピーカーと小型ハイスピードカメラを落下させな がら撮影することで、 津波の音の造形を作りました(図3)。予想通り、迫力のある5mx5mサイズの絵が出来上がりました(図4)。

図1 ドイツのZEISSのシネマレンズがついたNACのハイスピードカメラMEMRCAM HX-3

図2 “Sound of Ikebana”技法とは

図3 スピーカーとハイスピードカメラとを自由落下させる撮影にあたって、絵の具を置いている様子

図4 できあがった絵(右)と、その元となった津波の音を作り出した津波再現水槽(左)