「被災と貧困のスパイラル」からの脱却 (Newsletter80号より)

  • 研究報告

「被災と貧困のスパイラル」からの脱却

 

 バングラデシュは古来より洪水やサイクロンに悩まされてきましたが、近年では地球温暖化による海面上昇の影響も加わり被害がさらに増大する危険に直面しています。実際、そこに住む人々が、高潮や洪水によって住む場所や財産を失い、より危険な場所に移り住み、またそこで被災してますます貧困に陥るという、「被災と貧困のスパイラル」から抜け出せなくなるという大きな問題が起きています。この負のスパイラルから抜け出すために、日本・バングラデシュ両国の研究者や行政などが、早急に一致団結してこの課題に取り組むことが強く望まれています。平成25年度から5年間のプロジェクトとして「バングラデシュ国における高潮・洪水被害の防止軽減技術の研究開発」の研究課題がSATREPS事業として採択されました。日本側の関係研究機関等は京大、東大、長崎大、高知大他、バングラデシュ側はバングラデシュ工科大学、ダッカ工科大学、バングラデシュ文科大学他ですが、関連する政府機関等の協力を得て研究成果が社会実装されるように計画されています(図1)。このプロジェクトでは、海面上昇の影響を考慮した高潮・洪水ハザードマップ、河道安定化、避難システム、汚染物質などの氾濫・堆積による生活環境の悪化とその対策について研究開発を行っています。一方、人材育成面では、中央・地方政府、NGO、地域コミュニティなどを対象としたワークショップや研修での地域住民と専門家との協議を通して、有効で持続的な災害対策を開発しています(図2)。以下、本プロジェクトの5つの研究課題について紹介します。
  

流域災害研究センター  中川 一

 

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1.  洪水による被害軽減のためのマップづくり
 

 バングラデシュでは、毎年雨季になると国内の大きな河川が氾濫し、国土の一部が数ヶ月間も浸水したままの状態になります(p.1表紙写真参照)。ひどい年には、国土の3分の1程度がそのような浸水の被害を受けてしまいます。このほかにも、首都ダッカなどの超過密都市では、周囲の都市河川からの洪水氾濫による衛生面での被害や、北東部の微高地では、「フラッシュフラッド」という短時間の洪水氾濫による作物などへの被害が生じます。また、南の沿岸部ではいくつもの川が枝分かれしてデルタを形成していますが、そこで川の上流から流れてきた土砂がたまって川底が上がり、川の洪水があふれやすくなっていて、しばしば「タイダルフラッド」という浸水が発生しています。このようなさまざまなタイプの洪水による被害を減らすため、私たちは現地研究者と協力しながら日本の水工学分野での数値解析技術を駆使して、極端な洪水に対する浸水深・浸水継続時間・流れの速さなどの予測情報をマップの形で提供することにしています。またタイダルフラッドに関しては、実験と数値解析により、現地で試行的に進められている対策の詳しいメカニズムを明らかにしていきます。

流域災害研究センター 川池 健司

 

2. 高潮による被害軽減のための予警報システム

 

 バングラデシュでは、例年雨季の前後にベンガル湾に発生したサイクロンが接近して、大きな被害をもたらすことがあります。1970年、1991年のサイクロンに伴う高潮では、10万人を越える人的被害が発生しました。また、2007年、2009年にもバングラデシュの沿岸地域を襲う高潮が発生し、数多くの被災者の発生が報告されています(図3)。高潮による被害の軽減には、早期に安全な場所に避難することが重要です。私たちは現地の研究者と協力して、ベンガル湾に発生したサイクロンがバングラデシュ沿岸に接近した際の高潮を予測し、被害の程度を地域ごとにきめ細かく提供することを目指しています。

 

流域災害研究センター 馬場 康之

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3.  河岸侵食による土地の流亡対策
 

 バングラデシュでは、本記事冒頭でも述べたとおり、「洪水や高潮による河岸侵食や海岸侵食で土地が流亡し、土地を失った農家が貧困に陥ってしまい、その結果、安くて危険な土地に移住しなければならなくなり、より不利な生活を強いられるばかりでなく、毎年の水害によって生命の危険にもさらされる」という、「被災と貧困のスパイラル」が発生しています(図4)。このような「被災と貧困のスパイラル」は適切な河岸侵食対策を実施することにより軽減できると考えられます。そのため、私たちは、現地観測、水路実験、数値解析などにより流域土砂動態を把握するとともに、河道内の砂州の動態や河岸侵食箇所を予測する技術を開発します。また、河岸侵食や越水による河川堤防の決壊メカニズムを解明します。さらに、ベンガル地方の伝統的河川工法である「バンダル」などの護岸構造物周りの流れと河床変動特性を明らかにし、河岸侵食及び堤防決壊を抑制する持続可能な自然に優しい河川管理手法を開発します(図5)。

 

流域災害研究センター 竹林 洋史

 

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4. 有害物質の拡散による二次被害への対策

 

 バングラデシュ首都のダッカでは、経済成長に伴う人口増加、産業発展が進む一方で、主に皮なめし工場からの廃液によって河川環境の悪化が深刻化しています(図6)。河道内の環境悪化はもちろん重大な問題ですが、さらにその河川が氾濫すれば、浸水被害に伴う廃液による二次被害をも引き起こすことは想像に難くありません。現在、廃液の排出規制が進められていますが、過去の廃液によってすでに河底に堆積している汚染物質が洪水流によって巻き上がり、住民の生活環境が悪化する事態が引き起こされています。この問題に対して、私たちは洪水氾濫モデルを使った汚染物質の拡散シミュレーションを試みています。氾濫規模に応じたいくつかの拡散想定を事前にシミュレーションすることによって、リスクを視覚的にわかりやすく表示し、どのような被害が起こりうるかを事前に把握しておくことが目的です。またこのシミュレーションでは特に「どのように可視化できるか」という点に重きを置いています。有害物質の濃度および堆積状況をコンターで示し、拡散過程を動画で示すことで、現地住民や関連機関に影響範囲をわかりやすく説明することがねらいです。汚染源と排出量など不確定要素が多いため、さまざまな想定を元に影響範囲を可視化できるようなツールの開発を進めています。

 

流域災害研究センター 橋本 雅和

 

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5. 地域・政府による災害マネジメント
 

 バングラデシュの河川洪水地域では、1で述べた通り浸水期間が長いため、図7のような状況で長期間生活することを余儀なくされます。何週間もかけて少しずつ浸水するため、地域や政府から警戒避難などは発令されず、住民自身により1週間から1ヶ月ほどかけて、浸水が進むあいだに避難または移住の判断をします。また、人的被害については、日本のように洪水が直接の死因になることはあまりなく、洪水により農業ができず食糧が尽きて餓死するというケースが多くなっています。都市部での水害でも同様に、日本の洪水に比べると浸水期間が長いため、地域・政府による支援は、救助等よりも浸水発生後の食糧・水・薬などの提供がメインになっています。一方、高潮やフラッシュフラッドは、日本人の考えるイメージに近く急速に発生し、対応にも緊急性を要します。そのため、日本と同様、地域や政府が主導する警戒避難が災害マネジメントとして有効な手段になっており、サイクロンシェルター(図8)の建設も進められています。このような調査結果を日本人研究者と共有し技術開発に役立て、開発された技術を現地で広く活用していただきたいと私たちは考えています。プロジェクト終了後においても研究結果が普及できるよう、現地で大学間ネットワークを作り、社会実装への道筋をたてています。また、現地研究者ともに教材の作成なども行い、防災の基礎を整備し、大学間ネットワークを通じて普及を図る予定です。

流域災害研究センター 藤田 久美子

 

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