災害レビュー

韓国ソウル群集事故〈梨泰院惨事〉

―― 事故現場からのレポート

山 泰幸
YAMA Yoshiyuki
巨大災害研究センター歴史災害史解析研究領域
客員教授

韓国の首都ソウルの梨泰院駅。1番出口に向かう階段の登り口の両壁には、犠牲者へのメッセージが書かれた紙が貼られている。1番出口の周囲の柵にもメッセージがびっしりと貼られており、花束や鉢植えの花が供えられ、ビニールシートで覆われている(写真1)。

2022年10月29日の夜、ハロウィーンでにぎわう梨泰院にて群集事故が発生した。死者は158名、多くが20代から30代の若者であり、女性の死者は100名以上、負傷者は約200名の大惨事となった。その後、自殺者1名を含む、死者159名となっている。筆者は約一ヵ月後に事故現場を訪問する機会を得た。

1番出口を出ると、すぐに事故現場となった路地がある。これほど多くの人々が犠牲になったことが信じられないほど、とても狭い路地である(写真2)。路地入口の左側は商店が軒を連ねており、入口の右側の壁は、メッセージが書かれた紙で埋め尽くされており、ほとんどが付箋紙に手書きされており、メモ用紙やノートをちぎって書かれたものもある。路地の反対側の入口から見ると、大通りに向かって、けっこう急な下り坂になっている。

メッセージは韓国語だけでなく、英語や中国語をはじめ、さまざまな外国語で書かれている。外国語によるメッセージは、犠牲者の遺影であろうか、写真が添えられているものが多い。梨泰院は外国人が多く居住する地区であることや、外国人の犠牲者が26名、14カ 国に上ったことが影響しているようだ。日本語のメッセージには、「安らかにおねむりください」「ご冥福をお祈りします」などが見られた。事故発生から、まだ一か月後ということもあり、現場は重々しい雰囲気に包まれていた。

筆者は予てより「象徴的復興」という考え方を提唱している。人々が復興を実感できなければ、復興は達成できず、それには復興を成し遂げる立場の者が、人々の間で醸成されつつある復興感にかたちを与えて象徴的に表現する「復興儀礼(祭り)」を適切なタイミングで実施しなければならない、というものである。これには事故が起きないようにしっかりと警備体制を敷くことが含まれることは言うまでもない。

今回のハロウィーンは、3年ぶりに屋外でのマスク解除と営業時間制限がなくなり、コロナ禍での長い自粛と抑圧の状態から解放され、若者にとってコロナ禍からの復興感を実感できる機会となった可能性が高い。

コロナ禍で自粛されてきた祭りやイベントが3年ぶりに各地で再開されているが、その社会的な意味は、毎年繰り返される場合とは、相当に異なっているはずだ。今回は、そのような状況において、通常の祭りとは異なる「主催者がいない」とされるハロウィーンという現代的な祭りが行われている。事故の背景には、二重の例外的状況がある。

事前からこのような危険性が懸念されていたにもかかわらず、警察の警備体制や行政の対応が不備であったことが次第に明らかにされつつある。今後さらに、再発防止に向けて、細心の注意を払う必要があるだろう。

写真1 梨泰院駅1番出口

 

写真2 路地の入口