特定研究15P-1

「伝染性疾患の流行と気候・気象および気象災害の
関係に関する統計的研究」成果報告



1996年から2001年のコレラの患者数、
降水量、気温の季節変化
1996年から2001年のコレラの患者数の
実測とモデルによる予測
自動気象観測装置の取り付け
 熱帯地域では、デング熱、マラリヤやコレラなどの伝染性疾患が毎年のように流行し、死者が多数発生する。その気象・気候現象との関連に ついては、コレラとエルニーニョの関係、マラリヤの地球温暖化によるグローバル化など、比較的大規模で長期的な現象との関係については、 最近報告されるようになってきた。しかし、毎年規則的に発生するモンスーンの開始時期、そのときの気象要素との関係を定量的に評価した 研究はほとんどない。さらには、サイクロンや洪水などの単発的な気象災害と、その二次災害としての伝染性疾患の発生についての研究例 は少ないため、このようなモンスーンの季節内変動や気象災害と伝染性疾患の関係を調べることをこの研究のおもな目的とした。これまで、 バングラデシュのサイクロンや洪水などの気象災害の実態調査と被害軽減の方法を探ることを目的として、1987年から10年以上にわたって、 ほぼ連続して科学研究費(1987,1991,1992-1994,1999-2001,2000-2002)、国際協力事業団(1994-1996,1999-2002)の研究プロジェクトを 推進してきた。その重点課題の一つとして、バングラデシュ気象局、水開発局の気象水文資料データベースの整備を目的とし、1950年代から 約半世紀のデータベースをほぼ完成した。これらの気象災害の現地調査を実施していく過程で、バングラデシュ国際下痢性疾患研究センター の研究者と交流し、デング熱やコレラなどの伝染性疾患が夏期モンスーンなどの気象現象の季節内変動と大きく関わっているらしいことが 議論された。夏期モンスーンによる雨期の開始や終了、降雨による河川氾濫湖(雨期のみ水位が上昇して湖になるベンガル地方独特の内水) の水位の増加、それにあわせた蚊の発生状態などと、伝染性疾患の流行との関係を定性的に調査することはきわめて意義あることであり、 この研究課題についてその具体的な進め方について議論を重ねてきた。この研究では、バングラデシュ程度の比較的小さな場所で発生する 大雨や洪水と局所的な伝染性疾患との関係について、より細かな定量的評価を明らかにした。熱帯地域において、地域全体が一斉に雨期に 入ったり、雨期から脱したりするわけではないので、これらの関係がある程度明らかになれば、気象条件から伝染性疾患の発生の予測がある 程度可能になり、その流行の軽減に役に立つことが期待できる。

 熱帯性伝染性疾患の発生に周期性があることは、これまでにも定性的には報告されてきた。しかしながら、その発生を気象条件と結びつけ た研究は少なく、定量的な評価はほとんどない。先の1950年代から約半世紀にわたる気象資料のデータベースと、バングラデシュ国際下痢性 疾患研究センターの伝染性疾患の患者の統計に関する資料を比較検討することにより、モンス−ン(雨期)の開始時期や終了時期、雨量、 気温、湿度、河川や氾濫湖の水位などの気象水文資料と伝染性疾患の発生の資料を統計的に解析し、両者の関係を定量的に評価した。 さらに、熱帯性低気圧(台風など)、洪水などの気象災害の発生とその二次災害としての伝染性疾患の発生についても検証した。

 バングラデシュ国際下痢疾患研究センター(ICDDER,B)において収集した、1980年から2000年の20年間のコレラなどの下痢疾患患者数、 およびバングラデシュ気象局で収集した地上気象資料の時系列について、データのしっかりした品質管理を行い、これらの時系列データに ついて、多変量解析、主成分分析、相関関係などの統計処理をして、どのような気象要素が伝染性疾患に関係するのかを明らかにした。この 結果、降水量や気温の気象要素の急激な変化が下痢疾患の発生や流行に関わることが明らかになってきた。下痢疾患にはプレモンスーン期 の3−5月とモンスーンの後半の8−9月の2回、患者数のピークが発生することがわかった。前者は気温の急激な増加、後者は降水量の 増加と関係することが定量的に明らかになった。また、年々変動、季節内変動、モンスーンの開始や終了が、伝染病の発生とどのように関係 するかを統計的に判断するために、ICDDR, Bに自動気象観測装置を導入し、1分ごとに気象観測を行い、この結果は日本からもモニター できるようにした。バングラデシュ国内の地域差を見るために、気象モニターとして、バングラデシュの5−6カ所に自動観測ができる雨量計の 展開を計画している。

(研究代表者 流域災害研究センター 林 泰一)