フィリピン・レイテ島大規模地すべり
日比合同学術調査団による調査



図1 地すべり中央部全景(撮影:佐々)。谷筋は直線ではなく、幾度も折れ曲がっている。この地すべりを 横断する形でフィリピン断層とその副断層が通っている。左岸側谷筋の壁に見られる二次的地すべりは、フィリピン断層にそって走る破砕面 (副断層)の断面上に相当する。谷の出口に被害を受けた集落があった。集落は土塊に飲み込まれ数百メートル移動し、現在も土塊の中に ある。
 本年2月17日、フィリピン・レイテ島南部のギンサウゴンにおいて大規模な地すべりが発生、住宅や小学校が崩落した土砂に埋まり、死者・ 行方不明1,144人の住民が犠牲となり、一つの村全体が壊滅した災害について、佐々恭二・斜面災害研究センター長を団長とする学術調査団 が3月19日〜26日にかけてフィリピンを訪問し現地調査を行った。調査団には斜面災害研究センターから4名、地盤災害研究部門1名、総合 防災研究部門から1名、所外からも、新潟大学災害復興科学センター、(独)森林総合研究所、(独)消防研究所、アジア防災センター、 (株)日本工営、(株)数理設計研究所が参加した。現地ではフィリピン火山地震研究所(PHIVOLCS)よりR.Solidum 所長ほか3名、フィリピン 大学よりL.Liongson 教授、国家防衛部市民防衛室よりF.Castro 氏らが共同調査に参加した。

 図1はチャーターしたヘリから佐々が撮影した全景である。フィリピン断層に沿う山脈の山稜付近まで含む大規模な地すべりが生じ、斜面下 に流下し広範囲に堆積し、ギンサウゴンの集落を直撃して大規模な災害となった。堆積域には高さが20mを越える流山(ながれやま)が多く 残っている一方、大量の水を含み、ぬかるんで歩きにくい部分がまだ多く残っている。地すべり斜面にはフィリピン断層とその副断層が平行に 2本走っており、地すべり発生後の谷筋もぎくしゃくと屈曲しており、単一の地すべりブロックではないようである。また、フィリピン断層の副断層 が切る部分で2次的な小地すべりが発生している(A点)。
 図2は、現地で実施した測量(地上レーザースキャナーによる地すべり全域の測量及びとノンミラートータルステーションによる測量)の結果 及びスペースシャトルが合成開口レーダーで測定した地形図(SRTM)との比較より、中央断面を求めたものである。地すべりの最大深度は 100m以上と推定される。運動時に発揮された見かけの摩擦角は、約10度である。この値は、運動中のすべり面が液状化に近い状態になる 現象(すべり面液状化現象)が発生したことを示している。また、地すべりの総土量は、合同調査団の消防研究所のサブグループの測量と SRTM との比較に基づく推定によれば2,100万m3(東京ドームの約17個分)であり、1984年の長野県西部地震の際に発生した御岳山の大崩壊 の2/3程度の大規模地すべりであることが示された。
図2 発生前後の地すべり縦断面図。
赤色メッシュは発生域、青色メッシュは堆積域を示す。

図3 地すべり源頭部に露出した岩盤(撮影:佐々)。亀裂が少なくこの岩盤が難透水層となり、この上に地下水 が滞水し、上部に乗っている礫混じり火山性堆積物層の底面で滑ったと想定される。
 図3は地すべり源頭部の写真である。写真の中央に平板状に分布しているものは火山性の岩盤である。地すべり源頭部の斜面は、基本的 には古い時代(第三紀)の火山性の岩盤の上に、礫混じりの土砂状あるいは風化した岩盤状の火山性堆積物が乗っており、さらに上部に 細粒の火山性の砂質土層が堆積していた。これらの土層が種々のタイプの地すべり(landslides)により移動して堆積した二次堆積物が各所に 存在する。図3の中央右より(左岸側のA点)に火山性堆積物内で二次的に発生した小地すべりが認められるが、この火山性堆積物が、 左岸側に発生した2次的小地すべりから右岸側まで連続して分布していることが認められた。地すべりのすべり面は、透水性の低い火山性の 岩盤の上に地下水が滞水し、その上に乗っている火山性堆積物を飽和させ、おそらくその最下部にすべり面が形成されたものと推定される。

図4 地すべりのすべり面の上にのって移動した流山の一つ。土塊が攪乱することなく平地部(水田)まで移動 して停止している。ここからサンプルを採取した。
図5 地すべり堆積域の末端部にほぼ水平に薄く堆積した土層。土塊は攪乱され、地山の構造は見られない。 堆積域の右岸側は土塊が流動しており流山は見られない。
 発生した地すべりは、そのすべり面の上に土塊を載せて高速で移動し、水田の上で堆積した。移動土塊の内、斜面土層が攪乱されずに 移動した部分(多分その部分の土層の飽和度が低かった)は、流山として地山の構造を維持したまま堆積している。すなわち底面の摩擦抵抗 が小さかったことを示しておりすべり面液状化が発生したことを示唆している。図4は、斜面に近接して平地部に堆積していた流山の例である。 多数のこのような流山が観察され礫混じりの砂(火山性堆積物)が地すべり土塊の主要部分であることを示していたことから、一つのサンプル はこの根元から採取した。なお、救出活動の過程で行われた地中レーダー探査でギンサウゴンの集落が数百メートル移動して土中に埋没して いることがわかったそうであるが、おそらく地すべり土塊は水田の土及び旧地表の下にあった飽和層から上の土層を丸ごと抉りながら進んだ と思われる。図4は斜面に近い部分に堆積していた大きな流山の写真である。図5は地すべり堆積域の末端部付近及び地すべりの主運動 方向から離れた方向に拡散して堆積していた部分の写真である。飽和度が高くかつ移動中に攪乱した材料は、このように水平に近くかつ薄く 堆積していた。
 地すべりの発生の主な原因は降雨によるものであるが、現地での聞き取り調査の結果から、2月17日10時36分に現地の近傍で発生した 地震が、地すべり発生の直接の誘因になった可能性があることがわかった。この地震はマグニチュード2.6、震源位置は地すべりから約21km、 深さ8kmと報じられていたが、フィリピン火山地震研究所が再度その地震計ネットワークのデータを再検討した結果、モーメントマグニチュード (Mw)3.7と発表された。東大地震研究所・古村助教授に現地の地形に基づき震源位置からの減衰、山地での増幅をシミュレーションして いただき、山脈の稜線上で概ね1.5〜2.0倍程度の地震力が載荷された可能性があることがわかった。

 地震と地すべりの関係については、地すべり発生の正確な時間が不明であったたが、建設中だった2階建ての家で作業に従事していた 大工(4人)が、地すべり発生当日の10:30分頃からその2階で休憩していたところ、地震動が発生し、斜面を見たところ中腹に比較的小さな 地すべりが発生しているのが見え、1階におりて再び斜面を見たところ大きな地すべりが発生しているのが見えたので、急いで家を飛び出し 川の方向へ逃げ、木に登って3名が助かり、一人が逃げ切れなくて死亡したという証言が得られ、地震が地すべりの直接の誘因であるとの 心証が得られた。現在、地震記録からの確認作業を行っている。

 斜面災害研究センターの地震時地すべり再現試験機で発生メカニズムを調べるため、土砂サンプルを採取した(図4)。この他、地すべり 源頭部に残った火山性堆積物層や、堆積域の末端でも掘削し、地すべり土塊とその下に埋まっていた水田の稲を確認後、さらに下の水田の 土(降下火山灰層と思われる材料)からもサンプルを採取した。地すべり再現試験は、斜面災害研究センターの地すべり再現試験機6号機 (最大の試験機)を用いて実施した。試験条件として、すべり面深さ約45m、斜面勾配30度の土層内で地下水が上昇してくる場合を再現した。 条件に相当する垂直応力とせん断応力で圧密し、水位上昇前の状態を再現し、続いてせん断箱内の水圧を徐々に上昇させることにより降雨 による地下水位上昇を再現した。試験結果を図6に示す。水がすべり面より上20mまで来たときに地すべりが発生し、高速せん断が始まった。 せん断箱の上部を解放したまません断させる部分排水状態で実施したが、せん断開始後の過剰間隙水圧上昇速度は極めて高く、その影響が せん断ゾーンからの過剰間隙水圧発散速度より大きいため、高い間隙水圧が蓄積された。その為に定常状態で発揮された見かけの摩擦角 は2度と極めて小さな値になった。一方、破壊時に発揮された摩擦角は39度であり、強度の大きな材料であることを示した。運動中に発揮 される見かけの摩擦角は、わずか2度と小さな値であったことは、斜面直下の住民がひとりも避難できなかった高速運動の原因を十分説明 できる結果である。水位上昇後の小規模地震による地すべり発生実験を現在行っている。
図6 地下水位上昇による地すべり再現試験の結果。
左:応力経路、右:破壊前後の経時変化。


 今回の調査では、地すべり源頭部の途中までしか登ることができなかったが、機会があれば、地すべり源頭部まで登り、最上部を十分に 踏査し、発生源の地質と地下水、及び周辺地域での地盤変状について詳細に調査することが現象の理解の上で必要である。フィリピン政府は 今回の災害を機に、今後全国で土砂災害ハザードマップ作成を推進することを決定したが、今回の我々の地形調査の中で、フィリピン国土 地理院で作成した5万分の1の地図が、調査団の実測と一致していない部分があり、これを使うことができなかったため、SRTM マップを 用いた。先端的な航空レーザー測量が、この種の大規模地すべり発生危険度判定のためには重要であるが、衛星からの合成開口レーダー 測量も精度は粗いが、その有効性を示した例である。
 フィリピンは東西両側にプレート境界と沈み込み帯を持ち、中央をフィリピン断層が縦断する地震国である点が日本と共通している。レイテ島 の大規模地すべりのような現象は、日本でも十分に発生しうる。その災害を未然に防ぐためには、今回の例を詳細に調べることにより、この ような地すべりの発生危険場所の判定、地表変動計測・地下水計測等とそれに基づく早期警戒、斜面から採取したサンプルの地震時 地すべり再現試験とコンピュータシミュレーションに基づく災害予測と災害予防対策を実用的に実施できるシステムを構築することが重要 である。とくに今回の大規模地すべりは、大雨の後に小規模な地震が発生し、これが地すべりの引き金になった可能性が高い。新潟県中越 地震での大規模地すべりと地すべりダムの多発により豪雨地震複合斜面災害の研究の必要性がはじめて認識されたが、今回のケースは 大雨の後での小規模地震の影響を調べるためのまたとない機会である。当地での地震発生と地すべりへの影響調査を詳細に把握することは 日本はじめ多くの国での地震降雨複合斜面災害の予測と防災対策の立案にとって極めて重要であり、今後も国際共同研究として継続して いきたいと考えている。

 なお、本調査における現地のロジスティックには、現地に支店を持つ日本工営株式会社に大変お世話になった。また、調査地域は必ずしも 安全ではないが、国家防衛部市民防衛室の手配で、調査中ずっと武装警官3名の護衛を配置して頂いた。記して感謝する。

(佐々恭二・Renato Solidum・諏訪 浩・福岡 浩・汪 発武・王 功輝・Carlo Mondonedo・新井場公徳)