茨城県・加波山において実施された人工降雨による自然斜面崩壊実験

 熊本県水俣で起きた平成15年7月20日の土石流災害(DPRI Newsletter No.30, 2003)や、土砂災害新法の制定のきっかけとなった平成11年6月の広島豪雨災害など、豪雨により斜面が崩壊し、崩れた土砂が土石流化したことが大きな被害に結びつく災害事例が増えている.こうした現象の解明のため,斜面災害研究センター長の佐々を代表とする科学技術振興調整費「地震豪雨時の高速長距離土砂流動現象の解明(APERIF)」が平成13〜15年度にかけて実施されている(DPRI Newsletter No.26, 2002).そのサブプロジェクトのひとつとして独立行政法人または(独)森林総合研究所の落合博貴治山研究室長を中心とするグループが11月12日と14日に茨城県・加波山(かばさん)において人工降雨による自然斜面の崩壊実験を公開で実施し,斜面の土砂が流動化して流下する様子の再現に成功した.
昭和46年に旧科学技術庁などが川崎市で実施した同種の実験では放水車を用いて3日間放水を続けた結果,想定を超える大規模な崩壊と流動化が生じ,多数の犠牲者が生じる事故が発生したため,それ以後人工降雨による大規模な自然斜面の崩壊実験は今回まで実施されていなかった.前述の事故の後,国立防災科学技術センター(現(独)防災科学技術研究所)では,大型降雨実験施設を建設し,室内での安全な人工土層の崩壊実験が始められ,均一な土層による基礎的な研究はこの30年間で前進した.また,従来,国内外の大学等研究機関では末端を掘削したり、斜面上部から地中に注水するなど,崩壊させやすい条件のもとに比較的小規模な自然斜面あるいは人工斜面の崩壊実験はいくつか行われてきた.しかし,不均質で植生やパイピング等,種々の条件が重なる自然斜面の物理的性質は複雑であり、実際に降雨条件を与えるだけで斜面を崩壊させ,その崩壊土塊が土石流などのように流動化する過程についての実験的研究の必要性が高まってきたが,実規模の自然斜面における人工降雨による流動性の高い崩壊を再現する実験の実施は難しいとされていた.今回の実験の特徴は、(1)世界で初めて実際の自然斜面に人工降雨のみを与える条件で土砂流動化の発生を試みて成功したこと,(2)多数の地下水位、土壌水分、地盤変位に関する計測を通じて得られた詳細なデータ解析を行い土砂の流動化過程の解明が期待されていることである.
実験は,自然斜面に設置した人工降雨装置により降雨強度約80mm/時間の雨を7〜8時間降らせることにより斜面を崩壊させ、崩壊土砂が流動化に至る過程での地下水および斜面の変動を観測した。本実験にはAPERIF研究グループの(独)森林総合研究所、(独)防災科学技術研究所、防災研究所斜面災害研究センター、東京大学、米国地質調査所、千葉大学、(独)消防研究所等のグループが共同で機材の搬入、設置,観測に当たった。
本実験における主な観測項目は以下の通り:@ 間隙水圧(人工降雨により変化する土壌水分の変化と崩壊発生および流動化発生時の急激な間隙水圧の変化を連続観測する)、A 3次元移動量(崩壊発生後の崩壊土砂の流下経路を記録するため3方向の加速度と回転を自動計測する円筒形のプローブを開発した。これを斜面内に2基埋設して崩壊後発掘し、データを回収する)、B斜面変動画像(ビデオ)撮影(多数のビデオカメラで斜面各部をステレオ撮影し、画像解析により斜面崩壊時の面的変動量を求める)、C地中変位(本試験用に小型稠密パイプひずみ計を作成し斜面土層に鉛直に開けた孔に挿入して地盤変位に伴う曲がりを計測し、斜面内部の変動を計測する)、D 地表面移動量(実験斜面内の杭と斜面上端あるいはフレームの間をワイヤーでつなぎ,その伸縮を計測することにより、地表面の変動を計測する)、E 土壌水分分布(降雨に伴う斜面内の土壌水分の分布を計測する)、F流出水・土砂量(降雨に伴い斜面から流出する水および土砂の量を観測する)、G重水トレーサー・地下水サンプリング(崩壊実験前に降雨に重水を混ぜてトレーサーとし地下水を吸引サンプリングして重水濃度を測定し、崩壊に関与する降雨の成分を把握する)。
実験場の整備は平成13年度から始まった。崩壊実験の現場はつくば市に近い茨城県大和村(大和村)、加波山の国有林内で以前に発生した崩壊地に隣接する斜面で、斜面長約30m、最大傾斜35度の平衡斜面であり、風化花崗岩に由来する深さ1〜3mのマサ土に覆われている。パイプを組み、降雨装置を設置した。図1に実験場全景を示す。降雨装置は水タンクとポンプとノズル、配管等からなり、前述の雨量を降らせるのに必要な水タンクを設置した。水は斜面下部に流れる渓流からポンプで水タンクへくみ上げる。実験場設置から1年ほど水文観測を実施して、降雨に対する斜面内部の水位の応答特性、微小地盤変位などを計測した。
1回目の実験は11月12日に行ったが、前日までの降雨に伴う計測器の設置トラブルから実験開始が遅かったために日没前までに4時間30分しか降雨を与えることができず、崩壊しなかった。そこで11月14日朝9時から再度、降雨を開始したところ、約7時間後の午後4時に崩壊した。崩壊の瞬間のビデオテープによる連続写真を写真2に示す。崩壊直前には1分間に約10cmの変位が観測され、最終的に斜面の下半分が崩壊した。崩壊が発生すると表面侵食防止用のむしろが折りたたまれるように土砂が崩落したが、瞬時に流動化し、液体状となって対岸に乗り上げ、末端を横切る渓流に沿って方向を変えさらに流下した。豪雨時に斜面崩壊が流動化して土石流化することは従来知られていたが、晴天の下で人工降雨によりその過程が明瞭に観察され、さらに多くの物理データとともに得られたのはこれが世界で初めてである。
実験は関係学会のメーリングリスト等で案内を告知したため、実験当日は2日間ともに200人以上の見学者が集まり、この実験に対する社会的な関心の高さが伺えた。メディアも多数集まり、実験開始前から崩壊発生までの一連の実験の様子は、NHK等の各局のTVニュースと新聞メディアで取り上げられた。特にTBS「ニュースの森」では崩壊実験の歴史、研究の意義を含めて詳細な報道がなされた。
この実験と科学技術振興調整費APERIFの他のサブプロジェクトにより得られた成果を合わせることにより、土砂災害の一つである豪雨による斜面崩壊の発生と流動化のメカニズムの解明が進み、土砂流動現象による災害を未然に防ぐ技術の開発に貢献することが期待される
斜面災害研究センター 佐々恭二
独立行政法人・森林総合研究所 落合博貴