国際会議報告:京都大学防災研究所・国際応用システム分析研究所主催

第3回総合防災に関する国際シンポジウム:
地域的脆弱性にいかに立ち向かうか
京都国際会議場、7月3日−5日、2003年

The DPRI-IIASA International Symposium on
"INTEGRATED DISATER RISK MANAGEMENT: Coping with Regional Vulnerability"
Kyoto International Conference Hall, July 3rd - 5th , 2003


 「ここにお集まりの皆様は、確固たる専門性を持ち合わせておられ、また、それぞれの分野で国際学術雑誌の編集や図書の出版等、本会議の成果を国際的に発信することのできる方々が多数おられます。総合防災に関する研究・実践のための研究運営組織、 NEXUS IDRiM(ネクサス アイドゥリーム)を立ち上げたいと思います。 ご賛同いただける方は挙手願います。」
主催者の一人である岡田憲夫教授は呼びかけた。それは、池に投げ込まれた小石が作る波紋のように、一人、また一人、最後には20数名の学者、専門家、実務家が手を挙げそして立ち上がった。

 2003年7月3日から5日の3日間、京都国際会議場を中心として行われた国際会議「第3回総合防災に関する国際シンポジウム:地域的脆弱性にいかに立ち向かうか」最終日最終セッションでの光景である。
 この国際国際シンポジウムは京都大学防災研究所とオーストリア、ラクセンブルグにある国際研究機関である国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis、略称IIASA)とが主催して、2001年より継続的に実施している国際会議である。IIASAは、東西冷戦のさなか、1972年に東西の研究者の交流を目的として開設された国際研究機関である。IIASAにRisk, Modeling and Society (RMS)というプロジェクトがある。リスク以外はモデリングと社会であるから、名前からいかなる内容の研究が展開されているかを窺い知ることは容易ではない。しかし、よく考えてみると、リスクを核として、方法論(modeling)を担当する理工系研究者と社会現象(society)を担当する文科系研究者が集い、学際的な研究を展開するプロジェクトであることが読み取れる。この会議は一貫して防災研究所総合防災研究部門(岡田教授と筆者)とIIASAのRMSプロジェクト(Bayer博士、Amendora博士)とが主催者としてテーマ性を持って開催してきた。
 過去2回の会議はいずれもIIASAで開催されたが、第3回目にあたる今回の会議は京都で開催された。参加者は147名と一般的な学会の規模と比べると決して大規模なものではなく、むしろこぢんまりとした会議である。通常の国際会議とは異なり、研究成果の発表の場を提供することに主眼を置くというより、むしろ、総合防災に関する研究課題をあぶり出し、その解決のために参加者が共に知恵を絞るというスタイルで貫かれている。参加者のうち、50名ほどが海外からの参加者で、20カ国以上からの参加があったが、参加者の約半数は過去の会議を経験したリピーターであり、この一連の会議が国際的な総合防災研究のネットワーク形成に貢献しつつあるということがご理解いただけよう。
会議風景:プリナリーセッション京都大学防災研究所・国際応用システム分析研究所
研究交流協定(延長)調印風景

 今回の会議は、地域的脆弱性の克服というサブテーマに沿って企画された5つのプリナリーセッション、招待・一般講演で構成された9つのパラレルセッション、若手研究者とエキスパートによるインタラクティブセッション(LCDを用いた次世代型のポスターセッション)、3軒の町屋を会場として行われた5つの小グループディスカッションという4種類の異なるセッションから構成されていた。
 会議初日(7月3日)は、防災研究所長(所用のため、岡田教授代読)と世界銀行災害マネジメント部長(Kreimer博士)の歓迎の挨拶から始まった。続いて、オーガナイザーによる今回の会議の目的と期待される成果等に関する説明(会議の見取り図conference road map)が行われた。続いて、最初のプリナリーセッションが開始された。このセッションは「日本における事例研究:日本からの新しいパースペクティブ」タイトルであり、政府(国土交通省 大石久和技監)、民間(損害保険料率算定機構 永島伊知郎氏)、研究者(京都大学 多々納裕一・堀智晴助教授)のそれぞれの立場から、日本における総合的な災害リスクマネジメントに関する取り組みやこれからの方向性が示された。
 昼食を挟んで、午後一番にLondon School of EconomicsのBen Wisner教授の基調講演が行われた。題目は、Violent Conflict and Disaster(暴力的紛争と災害)であり、戦争や内紛と災害がいかに災害マネジメントのサイクルに影響するのかが事例をもとに議論された。Wisner教授は、従来型のアプローチでは主にハザードに研究の焦点が置かれ、人間やシステムの災害脆弱性をあまり重要視していなかったと主張する。従来型のハザード研究を中心とする災害研究をハザードアプローチと呼び、その特徴をトップダウン、命令・制御型として特徴付けている。これに対して、同教授は脆弱性アプローチ(vulnerability approach)の有効性を主張する。このアプローチでは、属地的知識やリスク軽減能力のボトムアップ型(参加型)利用と"トップダウン"型の技術的専門知識の利用が同等に重視される。紛争の最中において、災害による被害軽減や復興にとって重要となるのはエンドユーザーやステークホルダー自身の能力であり、その能力開発に資するプログラムこそが重要である。また、専門家も避難のための事前警戒システムなどを紛争時にも機能するようなロバストなシステムとして設計・管理することが有効であり、また、災害リスク軽減管理システムを社会的格差や不公平を是正するように構成しておくことが延いては紛争の発生原因となる貧困や社会的格差の軽減にもつながり得ると主張している。災害研究は主として平和な社会を対象として展開されているが、このような視点の提供は極めて新鮮であった。基調講演に対して、ゲーム理論コンフリクト分析の専門家であるKilgour教授のコメントがなされた。
 その後、3つセッションパラレルセッションが同時に開催された。各々のセッションは、それぞれ「災害脆弱性とその統合的評価」、「災害リスクファイナンス」、「地震リスクマネジメント」をテーマに、各セッション4−6編の研究発表が行われた。「災害脆弱性とその統合的評価」では、北アフリカや東南アジアにおける地域的な脆弱性が紹介され、ハザードマップやGISといった情報提供システムの効果等に関しても討議がなされた。「災害リスクファイナンス」では、総合的な災害リスクマネジメント手段としての財務的な手段の構成法や防災投資の費用便益分析に関する話題提供がなされた。特に、災害と社会的割引率に関するErmolieva博士らの研究は大変興味深い内容であった。「地震リスクマネジメント」では、トルコを中心とした総合的な研究成果やアルジェリア地震の状況報告等がなされた。一日目の会議後、防災研究所とIIASAとの研究交流協定の延長に関する調印が井上DPRI研長とHordijk IIASA所長(Bayer博士が代行)との間で行われた。
 会議2日目は、「日本からの事例研究:憂慮される東南海・南海地震」をテーマとする3つ目のプリナリーセッションから始まった。強震動研究(入倉孝次郎教授(京大防災研))と津波研究(越村俊一研究員、人と防災未来センター)の立場から、憂慮される事態とその対応に関して講演がなされた。いずれも最新の研究成果に基づくもので大変興味深く拝聴した。
 その後、3つのパラレルセッション、「市民参加とリスク認知(1)」、「洪水リスク」、「制度的枠組みとその実施」が開催された。「市民参加とリスク認知(1)」では、日本やヨーロッパにおける参加型災害リスクマネジメントに関する事例に基づく研究成果が発表され、NPOの役割やその発展過程、参加型リスクマネジメントの可能性と限界等に関して興味深い議論が行われた。「洪水リスク」では、日本及び中国の河川流域を対象とした洪水リスク・斜面災害マネジメントに関する研究発表が行われた。「制度的枠組みとその実施」では、合衆国や日本、アジアにおける制度設計とその実施技術に関する現状と、それらをターゲットとして行われている幾つかのプロジェクト、EMIやEqTAP等のプロジェクトの紹介がなされた。
 昼食を挟んで、インタラクティブセッションが開催された。インタラクティブセッションはLCDプロジェクタを用いたポスターセッションのようなもので、各発表者には比較的持ち時間が与えられる(若手研究者45分、エキスパート60分)。若手研究者によるセッション会場とエキスパートの発表会場の会場を使って行った。聴衆は会場に設けられたブースを回りながら、発表を聴き、質疑を交わす。インタラクティブセッションは、岡田教授の発案で昨年の会議から導入されたが、結構評判がよく。今回の会議でもこれを実施することにした。発表は、若手12件、エキスパート4件であった。若手研究者、エキスパートのそれぞれが新しい視点からの研究が多く、大変変興味深かった。若手研究者に関しては、梶谷義雄氏(電力中央研究所、研究員)ら優秀な発表4件が表彰された。
 インタラクティブセッションの後、町屋に移動し、小グループ討議を行った。これはこの一連の会議で毎回取り入れているもので、総合防災に関する研究の現状と今後の課題に対して率直な意見交換を行い、それを今後の会議や個々の研究に生かすことをねらいとしている。今回の会議では、国際会議場を抜け出し、3つの町屋を借りてグループ討議を行った。京都らしいしつらえの中で、大変活発な討議が展開された。その後、懇親会が加茂川沿いのリバーフロンティアというレストランで行われた。井上所長の挨拶のあと、クラリネット・ソプラノ・ピアノの演奏が行われ、会議参加者は和やかな雰囲気のうちに京の夕べを楽しんだ。
 最終日である3日目は、「気候変化と天候関連災害」というプリナリーセッションで始まった。気候変化と天候関連災害に関する知見と研究の現状(池淵周一教授 京大防災研)、2002年エルベ川流域水害からの教訓:洪水リスクマネジメントの新戦略(Nachtnebel教授、ウィーン農科大学)、気候変化とリスク・不確実性:洪水リスクの管理における意義(Green教授、ミドルセックス大学)と題する講演が行われた。いずれもそれぞれの専門的観点からの示唆に富む内容の講演であったが、特に、Nachtnebel教授の講演で展開された気候変動の影響と人間活動の影響が洪水発生メカニズムに及ぼした影響の比較に関する議論と、人間活動の影響の制御し、河川で貯留能力向上と被害ポテンシャルの軽減を図るという洪水マネジメントの支障には感銘を受けた。
懇親会:レストラン「リバーフロンティア」小グループディスカッション:京町屋にて

 3つのパラレルセッション、「水と環境」、「市民参加(2)」、「災害リスクと都市計画」が開催された。「水と環境」では、土地利用管理と土砂流出から、環境災害(特にバングラディシュにおける砒素汚染の問題)にいたる広範な問題が議論された。「市民参加(2)」では、心理学から社会学、ゲーム理論にいたる様々な切り口から防災への市民参加の可能性と課題が議論された。「災害リスクと都市計画」のセッションでは、木造住宅の耐震性能評価やその性能向上方策、災害による被害軽減に対する都市計画の役割や方策などが議論された。
 午後からは、5番目のプリナリーセッション「制度と組織の革新」が開催され、ハワイ大学のGoparakrishman教授から、「法、制度、文化」という題目で法経済学的な立場から総合的な災害リスクマネジメントを実施していく際に克服すべき課題が経済・政治・文化の状況との関連で示された。これに対して国際関係論の立場から星野俊也教授(大阪大学)からコメントがなされた。
 コーヒーブレイクをはさみ、各小グループ討議の結果が発表され、今後の会議の運営に関しても様々なアイディアが出された。その最後を締めくくったのが、冒頭の一節である。NEXUS IDRiMの初年度にあたる来年の会議には、イタリア、トルコなどから会議開催の申し出をいただいている。また、会議参加者や各方面から、今回の会議の成功と今後の活動への励ましのメールや手紙等も多数いただいている。今回の開催に際して、ご支援ご協力いただいた皆様に対してこの場を借りてお礼申し上げたい。これからも、いただいたお励ましにこたえ、一層の活動の発展を図っていければと考えている。

総合防災研究部門 多々納 裕一