比較惑星学的に見た火星の土砂移動現象


●背景
 周回衛星マーズグローバルサーベイヤ(以後MGS)は1997年から運用され、1ピクセルあたり1.5mの高解像度で地表を撮像した。この探査機はさらに、高精度なレーザー高度計も搭載しており、全球としては地球以上の精度(垂直、半径方向の誤差1m)で、高度データが取得された。更に、1997年のマーズパスファインダーによる着陸機とローバーは、地表面の撮像(図1)や組成分析等を行った。火星研究はもはや天文観測に留まらず、地質学的な側面を強く持っている。
火星の平均気温は夏でも-60℃、冬は-120℃(バイキング1号着陸地点)まで低下する。そのため地表には液体の水は存在できず、短い時間で氷または水蒸気になる。このように少なくとも現在は乾燥したな環境であるにもかかわらず、火星には過去における水の存在を示唆する地形が無数に見つかっている(図2)。水の存在は、生命の起源や気候変動に直接的に関連するため科学的に非常に重要であるだけでなく、将来の有人火星探査における飲料水やロケット燃料のための資源としても大変重要な意味を持つ。

●火星の土砂移動現象
 本稿では、火星に見られる土砂移動現象を紹介させて頂く。典型的な土砂移動現象を図3〜図6に示した。紙面の都合上、説明を図のキャプションに記したのでご参照願いたい。火星表層には植生や人工構造物が無いため、凹凸がわかりにくい時がある。その場合は光がどちらから当たっているかを意識しながら、衝突クレーターが凹んだ地形であることを念頭に置いて画像をご覧頂きたい。

●議論
 図1-5は、水の存在を示す有力な証拠とされており、地下高々数十メートルのところに液体の水が存在していたことを示唆しているとする考えもある。特に図5のような形態が見られる地域が、30度より高い緯度に集中していて、これが10mよりも浅い地表付近に凍土が存在すると考えられている地域と一致することから、土壌中に存在する氷が土石流を形成するのに必要な液体の水の供給源であったとも考えられている。ところがどんな熱源が氷を溶かしたかが問題となるし、液体の水として長距離移動するという考えは、液体の水が火星の低温かつ低圧の地表面に存在できないとする従来の考え方に矛盾してしまう。例えば水が純粋な水では無くて、溶解物の存在を示唆しているとする考え方もあるが、地域的な変化をうまく説明できないなど問題がある。そのため大きな気候の変化が生じた結果と解釈される場合が多いが、二酸化炭素の凍土によるものとする考え方もある。
 こうした議論は、2002年到着予定のマーズオデッセイによるガンマ線スペクトルメーターや熱赤外分光、2005年到着予定のマーズエキスプレスによる高精度画像などにより、次々と明らかにされるものと考えられる。同時期に到着する日本のノゾミ探査機による火星上層域の探査成果も火星の深い理解へ貢献が期待されている。
火星には植生や人工構造物が存在せず、全球的に剥き出しの地形が観察できるし、風化・侵食も限られているので、土砂移動現象を観察するのに都合が良い。さらに土砂が移動して形成された地形が非常に多く存在しているので、形態を統計的に議論することができる。火星は地球と似て非なる環境のため、その環境を理解した上で表層の現象を観察し地球の現象を見直すことは、地球表層の現象のより深い理解につながるかもしれない。

謝辞:本研究は平成13年度防災研萌芽的共同研究の援助を受け、千木良雅弘教授と共同で行なっています。防災研諏訪浩助教授には大変有益な助言を頂きました。記して御礼申し上げます。
(東大工学系・地球システム専攻 宮本英昭)