2000年有珠山噴火
写真1 洞爺湖西岸の地殻変動観測地点(大観望)から見た有珠山と洞爺湖温泉街(2000年4月4日)
1.有珠山の噴火史と今回の噴火にいたる経緯
有珠山は1万5千〜2万年前に活動を開始し,円錐形の成層火山を形成した.7〜8千年前に山頂部が大崩壊を起こし,現在見られる外輪山の原形が出来上がったと考えられる.数千年の噴火活動休止の後,1663年の約2.4km3の軽石・火山灰を放出する大規模噴火活動を端緒として,1769年,1822年,1853年,1910年,1943〜45年,1977〜78年と,30〜60年毎に活動を繰り返し,今回の活動は8回目の噴火である.噴火活動を引き起こすマグマは,粘性の高いデイサイト質であり,過去の噴火では,32時間〜6ヶ月の前兆有感地震を伴なった.噴火活動では,軽石・火山灰を放出するとともに,爆発的噴火により火砕流(熱雲)や火砕サージを伴なうことがある.また,毎回,デイサイトマグマの上昇による潜在溶岩ドームの形成や溶岩ドームの出現を伴なった.直径約2kmの山頂火口原には1853年の活動で出現した大有珠など溶岩ドームが林立し,南側を除く山麓をいくつかの潜在溶岩ドームが取り囲む.2000年噴火は,これら既存のドームに避けるように,北西山麓の端で発生した(図1).
有珠山の1977年噴火では,その直後から,山頂火口原にU字型の断層が現れ,地震発生と同期して隆起していく活動が1982年まで続き,有珠新山を形成した.それ以後,地震活動が低下(数回/月)していたが,1992年頃から,地震発生頻度が漸増し,1999年には20〜30回/月のレベルに達し,噴火発生が懸念され,次の噴火に備えた観測体制の整備と火山体構造探査を2000年度に実施することが決まっていた.その矢先に今回の噴火が始まった.
図1 有珠山の溶岩ドーム・潜在溶岩ドームの分布と
2000年噴火の火口分布
写真2 洞爺湖温泉街の降灰状況(2000年4月18日)
図2 1910年噴火と2000年噴火の前兆地震活動の推移.
大森房吉(1911)及び気象庁火山情報による.
2.2000年噴火開始前後の経緯と避難
前兆地震活動は3月27日朝に始まり,28日未明に最初の有感地震が発生し,次第に活発化していった.北海道大学有珠火山観測所によれば,当初の震源は,北西山麓であった.最初の有感地震発生から約40時間へた29日夕刻から有感地震の発生頻度が急増した.この頃から震源域が有珠山全体に拡大し,国土地理院のGPSにより有珠山深部の圧力の増加を示す数cmの地盤の伸長が捉えられた.その後約1日間高いレベルを保ち,30日午後から漸次減少傾向に入る.30日昼頃から,山頂西側や北西部山麓で亀裂や断層が見出された.また,GPSや測距・測角により,有珠山 深部での圧力低下と山頂西部から北西山麓の地盤の急激な隆起が観測された.つまり,深部から有珠山浅部へのマグマの上昇開始である.3月31日に洞爺湖温泉街に隣接した金毘羅山の西麓で噴火が始まり,数10万m3の火山灰を噴出した.翌4月1日には,約1km離れた西山の西,虻田町と洞爺湖温泉街を結ぶ国道付近で噴火が始まった.以後,2ヶ所の火口群で小規模な水蒸気爆発や土砂噴出が継続している.噴火開始に至る前兆地震活動の推移は明治新山(四十三山)を形成した1910年の噴火と酷似している(図2).
このような事態進行の中で,火山噴火予知連絡会は3月28日に「有珠山噴火の可能性が大きい」という見解を示し,翌29日には「噴火が切迫している」という主旨の見解を表明,気象庁はそれを緊急火山情報として発表した.地元自治体は,「避難指示(一部避難勧告)」の措置で対応,すばやく住民の避難がなされた.3月31日には伊達市役所内に,国の災害対策本部及び火山噴火予知連絡会有珠部会事務局が伊達市役所に設置された.
小有珠溶岩ドームが3月30日から4月1日までに2m隆起するなど,山頂部でも顕著な隆起が測定されていたので,北西山麓で始まった噴火活動が山頂に飛び火する危険性も考えられた.4月3日以降は山頂部の隆起が停止する一方で,北西山麓の隆起が継続していることが確認されたので,4月12日の火山噴火予知連絡会で,北西山麓の噴火に対する警戒を呼びかけるとともに,山頂噴火の徴候はないとの判断が示され,規制の一部緩和が行われた.
今回の噴火は,1910年の噴火同様に,地下水の豊富な地域で発生し,火山灰や土砂など噴出物は水を含んでいたため,大半が火口周辺1km以内に落下した.そのため,今後,泥流被害などが懸念される地域は洞爺湖温泉街や北西部などに限定される.一方,溶岩ドーム貫入による顕著な地殻変動は,西山西火口群を中心に南東方向に虻田町中心地まで及び,道央自動車道の虻田インターチェンジ付近では,道路,橋,トンネルなどに被害が出た.
3.大学研究者の対応
顕著な噴火では,大学の火山研究者は合同観測班や総合観測班を組織し,調査研究を行うと同時に,活動評価資料を火山噴火予知連絡会で提供してきた.今回は,大学の火山研究者で組織する火山噴火予知研究委員会が,有感地震発生開始から,観測器材や人員の調整,総合観測班(代表:岡田弘教授)の組織,科学研究費の申請など後方支援に当たった.
有珠火山観測所は前兆地震の震源域から1kmたらずの地点に位置し,噴火による被災が懸念され,岡田教授は観測所機能の移転を決断した.4月1日には,伊達市の野球場敷地内にプレハブ2階建ての臨時観測所が竣功した.1部屋を総合観測班室とし,火山噴火予知連絡会委員を兼務する教官が交代で常駐し,大学,地質調査所,道立地質研究所等の研究者の観測・調査活動の調整,観測データの取りまとめと評価,火山噴火予知連絡会有珠部会への報告などに当たった.
防災研究所附属火山活動研究センターは,有珠火山の基本観測の整備に協力するため,先ず,1977年の活動調査の経験がある高山鐡朗技官を山本圭吾助手とともに派遣した.持参した地震計およびテレメータの設置および高度角測定による地殻変動観測を,有珠火山観測所のスタッフに協力して行った.その結果,西山西火口群付近が最大隆起を示すことが明らかになるなど,活動評価に貢献した.また,洞爺湖(カルデラ)地下にマグマ溜りが存在する可能性を探るために,井口正人助教授,味喜大介助手が,GPSによる洞爺湖周辺の地殻変動調査に当たった.1983年の測定値との比較から,今回の噴火前に洞爺湖地下でマグマの蓄積はなかったことが結論された.ネガティブな結論ではあるが,有珠山のマグマ供給系モデル構築に拘束条件を与えた点で意義があったと考える.また,石原は,火山噴火予知研究委員会委員長として総合観測班の後方支援に当たるとともに,火山噴火予知連絡会委員として活動評価にかかわった.
写真3 西山西火口群付近の断層・亀裂(2000年4月18日)
写真4 有珠山外輪山からみた金毘羅山火口群の水蒸気爆発(5月9日)
写真5 西山西火口群の噴火状況(2000年4月26日)
4.有珠山の今後の活動と評価
5月22日の火山噴火予知連絡会では,深部から上昇したマグマの大半は西山麓の浅部にあがり,しかも地盤隆起,地震活動,噴火活動が順次低下している等の事実から,現在の活動火口周辺に影響の及ぶ爆発が発生する可能性はあるが,大規模噴火の徴候は認められないという見解を発表した.
有珠山北西山麓では,北東〜南西方向に約2kmの長さ,幅約0.5kmの地域が最大で60m(5月末現在)隆起した.隆起した地面の体積は約4千万m3である.想像するに,有珠山中心部地下から舌状に伸びたマグマが北西山麓に貫入,先端は固化し動きをほぼ停止している状態である.その先端は場所によっては,地表から数100mまで達し,地下水層に接触していると考えられる.当面数ヶ月は限定された火口で小規模な水蒸気爆発を繰り返すであろうし,貫入したマグマの膨大な熱量を考えると,土砂噴出など熱水活動は数年間継続するかもしれない.
今回の噴火は,噴火開始の3日前に「予知」情報が出たため,大学,気象庁,国土地理院,地質調査所,道立地質研究所等多くの機関が噴火発生直前から,観測,調査,データ解析に着手し,火山活動の詳細がよく捉えられ,直ちに,噴火予知に活用された.現在,火口群周辺での地震,地殻変動,温度,地磁気,地電流,火山ガスなどの調査が始まったところである.また,平成13(2001)年度には,構造探査が予定されている.これからが,有珠山のマグマ供給系や今回の噴火のメカニズムを解明するための調査研究の本番である.
火山研究者は,有珠山を三宅島とともに,もっともまじかに噴火が迫っている火山として注目し,監視観測体制の検討と強化を行ってきた.有珠山では,平成6(1994)年には,壮瞥町など地元市町村と北海道大学の研究者が中心となって,昭和新山生成50周年記念国際ワークショップが開催され,平成7(1995)年に火山防災マップが住民に公表・配布された.このような研究者,住民,行政が一体となった火山防災の取り組みが今回の噴火に対する迅速な避難を実現させたと言える.
有珠山に続き,6月26日に三宅島で群発地震が始まり,緊急火山情報が発表され,住民の一時避難がなされた.火山噴火予知があたかもうまくできたかのような印象を受けるが,その背景には,有珠山同様に,火山防災マップが公表されていたこと,観測体制が整備されていたこと,更に,多量のマグマが一時に動きはじめ,噴火の前兆が顕著に現れる火山であったことなどによる.両火山と同等程度まで火山観測体制が整備された火山は僅かに10火山程度であり,現状では多くの火山が噴火の確かな前兆を捉え難い状態におかれている.百年間の統計で見れば,1年間に噴火する火山は平均5火山である.全国でいくつかの火山が既に異常信号を発している.これらの火山の噴火前兆は,有珠山や三宅島に比べてはるかに微弱である.噴火予知ができなかったため犠牲者がでた,ということのないよう,火山の監視・観測の早急な充実が望まれる.
(火山活動研究センター 石原和弘)