平成11年度防災研究所特定研究集会(11S-1)

山地斜面、河川水系、海岸を通じての
物質移動の環境・防災的意義に関するシンポジウム


コンビーナー:
杉本隆成(東大海洋研) sugimoto@ori.u-tokyo.ac.jp    
奥西一夫(京大防災研) okunishi@slope.dpri.kyoto-u.ac.jp 
諏訪 浩(京大防災研) suwa@slope.dpri.kyoto-u.ac.jp   
会場    :木質ホール(京都大学宇治キャンパス内)
日時    :1999年8月10日(火)・11日(水)

1.シンポジウムの企画
中国南部から韓国、西日本等では、梅雨期の降雨で、1998年に続いて今年も、大洪水や土石流災害に見舞われ、防災施設の強化の必要性を感じさせている。しかし、一方では戦後建設されてきた砂防・利水用のダムや河川・海岸の堤防が、流域河川・河口周辺域の環境および生態系に与えている打撃の大きさが顕在化してきた。その結果、最近は治水目的だけでなく、河口周辺域の漁場環境の改善のために植林が行われたり、河川の生態系回復のための環境修復事業が試みられている。
このような、災害現象の自然的側面や、生態系の構造とその変化を規定している物理的基礎過程は、水と土砂・物質の輸送である。そこでまず、(1) 山地斜面から河川、河口・海岸域までの土砂・物質の移動過程の解明に重点を置いて、非専門家のための基本的なプロセスの解説に加えて、最新の研究に関する情報交換を行う。つぎに、(2) 山地、河川、湖沼、海岸域における地形・底質・水質・生物相の時空間変化の相互の関連性に関する最前線の研究例をいくつか紹介していただき、さらに(3) 山地斜面の崩壊や洪水のようなイベント的な現象および土地利用や防災・利水施設の構築が、流域の土砂収支や生物相の数年?数10年スケールの長期的変化に及ぼす影響、およびその対策について突っ込んだ議論をしたいと考え、本シンポジウムを企画した。

2.社会的歴史的背景
 周知の通り、戦後の20年近くは国土の復興や食糧増産のため、防災対策や農林水産業に力が注がれた。1960年代後半以降は、高度経済成長ということで、製鉄、石油化学や、自動車・電子産業等の工業開発が猛烈な勢いで進められ、臨海工業地帯建設のために東京湾や瀬戸内海等の多くの干潟・浅海域が埋め立てられた。これらに伴い、各種の産業廃水や下水が大量に沿岸域に流され、埋め立てと水質汚染は沿岸域の生態系に大きな打撃を与えてきた。一方、工業製品の輸出による外貨で、穀物や肉・魚類、材木等が大量に輸入されるようになった。その結果、我が国の農林水産業は急速に縮小し、山林は荒れ、多くの田畑が宅地化され、大量の廃棄物処分のために沿岸海域の埋め立てが一層進行した。
 1970年代には公害に対する住民運動が活発になり、行政や企業も水質汚濁の防止に力を入れた結果、見た目の汚れは少なくなった。しかし、埋立や港湾建設、ダムや堤防等の建設、都市下水の流入負荷のさらなる増大により、自然の景観が著しく損なわれ、河川や沿岸域の生態系に対する影響は年とともに顕在化した。1980・1990年代になると、酸性雨や大気中の炭酸ガス濃度の増加に伴う地球温暖化が気象や生態系に及ぼす影響の深刻さが世界の政治問題になり、情報科学や分子生物科学の進展に伴い、脱工業化社会への動きが顕著になってきた。そして、国土総合開発を進めてきたバブル経済が崩壊し、日本経済の今後のあり方に抜本的な検討が求められている。

3.防災科学と環境科学の連繋
 このような時代的状況下で、防災科学や環境科学の研究においても、高度成長期に進めてきた考え方に変革が求められており、地域の環境保全や生態系の修復を念頭に置いた取り組み、さらには一次産業を再度組み込んだ循環型の生産・消費システムの構築との連繋が、強く求められている。そのためには、関連する諸分野の研究者・行政担当者、住民による学際的な協力が不可避である。すでに地球規模の温暖化問題や環境保全については、IPCCやIGBP等の組織によって、気候変動や物質循環、生態系の変動機構に関する研究、数値モデルによる予測研究が進められている。また、我が国の地域規模の環境改善については、環境庁、その他の省庁、自治体、住民等による取り組みが活発になっている。
 そこで、今回の研究集会では、流域の山地・平野?河川・湖沼?海岸・海洋をトータルに捉え、防災科学と環境科学・生態工学を総合した学際的な取り組みの諸課題について、討論をおこなった。縦軸に山から海にかけての場の変化を、横軸に水と土砂・生態系、および防災・利水施設と土地利用等の事柄を取って示した諸問題の中で、今回は特に「山地から沿岸海域までの土砂・物質輸送の問題と、河川および海岸域での防災・利水施設や汚濁負荷の増大が環境および生態系に及ぼしている影響とその軽減方策の問題」に絞って、研究の現状と今後の課題を明確にできればと考え、プログラムを編成した。


4.プログラム
セッション1. 土砂礫の生成・輸送特性と時間変化
1.近畿地方の水文と地形土壌・山腹崩壊特性    奥西一夫・諏訪 浩(京大防災研)
2.河川への土砂流入に対する人間活動の影響の歴史 道上正規(鳥取大工学部)
3.上流から河口までの土砂礫の移動と粒径変化   池田 宏(筑波大地球科学系)
4.高瀬ダム流域での土砂流出過程の諸問題     高橋 保(京大防災研)
5.討論 座長 芦田和男(河川環境総合研究所)

セッション2. 河川流域の物質収支と生態系影響
6.琵琶湖流域における物質流入変化と生態系影響 山田佳裕(水産庁養殖研)・中西正己(京大生態C)
7.多摩川水系における有機物負荷の増大と生態系影響 小倉紀雄(東京農工大)
8.河川構造物が魚類資源に及ぼす影響 立川賢一(東大海洋研)
9.水系スケールの土砂の動態と河川生態系とのかかわり 藤田光一(土木研究所)
10.討論 座長 和田英太郎(京大生態学研究C)

セッション3. 沿岸域の物質・土砂収支と生態系影響
11.河川から海域への濁水の流入が沿岸生態系に及ぼす影響 前川行幸(三重大生資)・栗藤和治(尾鷲市水産課)
12.ダム建設等による流出土砂量減少に伴う沿岸地形変化 宇多高明・山本幸次(土木研究所)
13.熊野川河口周辺域の海岸浸食−その原因と対策 岩田好一朗(名大工学部)
14.陸棚と陸棚斜面における物質輸送研究の動向 斎藤文紀(地質調査所)
15.討論 座長 奥田節夫(岡山理科大)

セッション4. 総合討論 座長 奥西一夫・杉本隆成
16.セッション座長等からのコメントと質疑応答

17.課題討論
(1)河川砂防と海域環境の調和−総合的な土砂管理のあり方
(2)防災と都市生活と生態系保全の調和−技術開発の方向
(3)今後の研究課題、その他


5.成果
 各セッションでは、話題提供の後、座長のコメントを含めて熱心な討論がおこなわれた。また、シンポジウム終了後、話題提供者と座長らが、本シンポジウムの成果発表と今後の活動について話し合った。それを受けて、本シンポジウムのプロシーディングを「月刊海洋」の特集号として出版することになった。また、いくつかの研究領域についてさらにリサーチし、特定地域でのケーススタディを通じて問題点を明らかにし、環境保全策を提案するため、防災研究所の平成12年度共同研究を始め、いくつかの共同研究を立ち上げることを申し合わせた。