1999年コジャエリ地震報告

地震予知研究センター  
大志万直人 

 かねてから空白域と指摘のあった北アナトリア断層帯の西部域にある、Izmit-Sapanca断層を地震断層とする1999年コジャエリ地震(M7.4)が、現地時間8月17日の03:01に発生した。この原稿を書いている時点で15,250名の死者という、大規模な震災となった。これは、世界のこれまでに発生した大規模な地震災害と比較しても、第16位にはいる大きなもので、もちろん、トルコ史上でも最悪の災害である。その被害地域は、西は、イスタンブール市の西の一部地域から、東は、ドゥズジェのさらに東まで及び、地震断層は、長さ150kmにも達する右横ずれ断層である。私は、地震発生前の7月30日から、今回の震源域を含む地域を対象として、現地で断層深部の構造探査を実施していた。
写真1:アダバザルの倒壊したモスク(8月31日撮影) 
 トルコ共和国は、東西に横長の形をした国土を持つ国である。その国土の北部を東西に横切るように、約1000kmにわたり、北アナトリア断層帯は、走っている。この断層帯は、北側のユーラシア・プレートと南側のアナトリア・マイクロプレートとの境界として理解されていて、アメリカのサンアンドレアス断層と同様に、陸上に存在するトランスカレント型のプレート境界である。この断層帯に沿って、1939年エルジンジャン地震をスタートとして、1942、1943、1944、1957年とM7クラスの地震が西へと移動しながら発生して行き、1967年ムドゥルヌ地震(M7.1)の発生後、地震を発生させるポテンシャルを持っているにも関わらず、まだ地震が発生していない地域、つまり、地震空白域であるとの指摘が、Toksozなどにより指摘されるようになった。そして、この空白域は、1980年にはいり、ユネスコが地震予知のテストフィールドとして指定した全世界3ヵ所の内の1つの地域となった。日本の研究グループは1981年からこの地域に入り、1986年からは、ボアジチ大学カンディリ観測所と共同でこの空白域を対象とした調査・研究をスタートさせた。

 この約20年にわたる調査・研究の一環として、今年の夏は、空白域内に存在する北アナトリア断層帯の2つのブランチ、つまり北側をはしるIzmit-Sapanca断層と、南側を走るIznik-Mekece断層を横切る南北測線でMT観測を実施していたわけである。その目的は、これらの活断層の深部までの比抵抗構造を調べ、93年以降この地域で拡充されてきた微小地震観測網(IZNETと呼んでいる)により明らかにされた、これら2つの活断層沿いでの微小地震活動の顕著な違いの原因を、深部比抵抗構造の違いから探ろうというものであった。
写真2:アダパザル近く、とうもろこし畑を横切って地表に現われた横ずれ断層(8月31日撮影)写真3:イズミット市の東隣に位置するキョセキョイ市を走る地震断層(8月31日撮影)

 観測は、MT(マグネト・テルリクス法)観測システム5台を用いた同時観測で、1測点では3〜4日の間夜間観測を行ない、その測点での観測が終了すると、観測システムを移動させると言うものである。5台の観測システムのクロックはGPS時計を用い同期が取れるようになっている。この観測では、毎日、データの回収とバッテリーの交換のため、観測点に通わなければならない。このような観測を、この南北測線の南側から開始し、Izmitに向かい北上し、まさにIzmit-Sapanca断層の挟むほぼ真上の4観測点で測定を開始した時に、コジャエリ地震は発生した。

 Izmit市およびその周辺では、Izmitがトルコ国内でも5番以内に入る規模の都市であり、しかも有数の工業都市であるため、商用電源からの漏洩電流によると思われるノイズが、特に電場に混入し、観測環境は必ずしも良好ではなかった。そのため、観測期間中基地としていた観測施設に近くアクセスの容易な、Izmitから約40km南に位置するIznik湖の南東岸にリモート点設け、ノイズ除去の処理を行なう観測を実施していた。測点間隔は平均2kmでその総数は32点となり、測線長は約60kmに達する。観測時間帯は、現地時間で夕方の17時から翌日の朝の9時までである。地震発生時には、断層近傍で4観測点、さらに約40km南の1地点で観測していたことになる。

写真4:コジャエリ(イズミット)大学の造営中の新キャンパス内の建物の被害(7月17日撮影)写真5:イズミット市での被害の例。このアパート群の建っていた敷地内を断層が走っている(8月31日撮影)
 地震発生後、Izmit市およびその周辺は甚大な被害を受けたが、このため、4〜5日間は都市機能が痳痺し、送電等がほぼ完全に止まったと見られ、断層近傍の観測点では、地震発生前と比較して、ほぼ完全にノイズ・フリーのデータを収得することが出来た。この期間に、この地域内でのノイズ状況のため当初予定していなかった測点でのMT観測を実施することが可能になり、断層周辺でかなりちゅう密に観測点を配置した測線を設けることができ、地震発生直後の断層深部までの比抵抗構造を推定するための精密な情報を得られた。

写真6:
震央から40km離れたイズニック市内で
地震発生後の停電の原因となった
電線のよじれ(8月17日撮影)
市内の各所でこのようなよじれが発生していた。