2002年夏のヨーロッパの水害


1.はじめに
図1 エルベ川調査流域
 2002年夏、ヨーロッパでは、ドイツ、チェコ、オーストリア、フランスと広い範囲にわたって大規模な洪水が発生し、各地で甚大な被害が発生した。同年11月に、土木学会のヨーロッパ水害調査団の一員としてチェコ、ドイツを流れるエルベ川流域を訪れ、チェコのプラハ市内、ドイツのドレスデン市内を中心に水害調査を実施する機会を得た(図1参照)。その調査結果の概要をここに紹介することとする。

2.プラハ市内の洪水氾濫現象
 2002年8月1日から10日にかけてエルベ川の中上流域の広い範囲で50mm以上の降雨が発生した。その後、11日から13日の3日間でエルベ川の中上流、とくにチェコ南部地域と、ドイツとの国境山岳地帯で、100〜200mm、所によっては200mmを超す豪雨が発生した。
 プラハ市内では、13日から14日にかけてエルベ川の支川、ブルタバ川が溢水し、洪水氾濫による被害が発生した。プラハ市内の流量は、14日のピーク値が5,300m3/sと推定されており、100年確率の流量3,700m3/sをはるかに凌ぎ、その値は500年に一度の流量に匹敵するとも言われている。被害が大きかった地域は、ブルタバ川右岸の低地のカルリン地区、および日本大使館の位置するブルタバ川左岸のマラスタナ地区であった。その他、プラハ動物園も浸水被害を受けている。
 カルリン地区では、13日午後0時頃から浸水が始まり、最大浸水深は約3m、ところによっては4mに達するところもあった。石造り、レンガ造りの建物の壁は、浸水部分(1.5〜2.0m)が、カビがはえるのを防ぐためはがされていた。建物の中には、元来、平屋であったものに2階以上を増設したが補強が十分でなく、1階部分の浸水により強度が低下して倒壊したものもあった(写真1)。またほとんどの建物には倉庫や物置として利用される地下室があり、その一部は道路沿いに開口部を有しているが、開口部からの氾濫水の流入により、地下室はほぼ壊滅状態であった。地下鉄駅も浸水し、地下鉄ホームまで水が達したため、地下鉄は11月の時点でもまだ運休していた。

3.ドレスデン市内の洪水氾濫現象
 ドレスデン市内も今回大きな洪水被害を受けた。1501年以来500年ぶりの大洪水であり、5,000haが浸水したが、その原因は、(a)13日のバイサリッツ川(エルベ川の左支川)の氾濫、(b)17日のエルベ川本川の氾濫、に分けられる。また洪水後、(c)地下水位の上昇、という問題も生じている。以下順を追ってそれぞれの原因による洪水被害の実態を記す。
(a)バイサリッツ川の氾濫:
 ドレスデン南西部、エルツ山脈沿いのバイサリッツ川の流域周辺で12日の日雨量が180〜200mmに達した。バイサリッツ川は小河川であるが、この豪雨の影響をうけて12日の深夜から13日にかけて推定500〜600m3/sの流量が流下し、鉄道の軌道などに大きな損害をもたらした。バイサリッツ川はドレスデン市内でエルベ川に合流するが、市内でも激しい溢水氾濫が発生した。バイサリッツ川に近い鉄道中央駅などが浸水し、駅での浸水深は4mにも達した。また下水道の排水不良も氾濫の規模を大きくした模様である。なお、バイサリッツ川の東を流れるミュークリッツ川は、同じくエルベ川の左支川でドレスデン市内より上流でエルベ川に合流するが、そこでは上流の小規模な調整池が決壊した模様で、下流の川沿いの街には洪水災害、土砂災害の痛々しい傷跡が残されていた(写真―2)。
(b)エルベ川本川の氾濫:
 エルベ川の洪水が流下し、17日に洪水氾濫が発生した。河川からの溢水で、エルベ川沿いのツウインガー宮殿などが浸水した。エルベ川のピーク流量は5,600m3/s程度と推定されている。エルベ川のドレスデン市内域の上流部には遊水地があるが、遊水地の貯留量を超えた洪水が流入したため、遊水機能を果たさなくなってしまった。またエルベ川の市内下流部では、放水路をせき止めている施設が破壊された。
(c)地下水位の上昇:
 上記の洪水の影響により、洪水後に地下水位が上昇し、11月の時点でもなお高い状態が続いていた。地下水位の上昇は急激であり、1時間で最大8cmも上昇した箇所もあった。2003年夏までは地下水位は下がらないとの見通しである。現在でもビルが浮かびあがるのを防ぐために、地下室に土嚢を積むなどして対応しているとのことであった。

4.おわりに
 プラハでは地下鉄や地下室の浸水という都市型水害が起こっていること、ドレスデンでは時間変化の緩やかな大陸河川の洪水に加えて、中小河川の甚大な土砂・洪水氾濫が発生していることから、今回のヨーロッパの水害でも近年のわが国の水害との共通点が見出される。水災害の研究でも、海外の事例を扱うことが今まで以上に増えていくことであろう。最後に、本調査の実施にあたり、便宜を図っていただいた入倉孝次郎所長に厚く御礼申し上げます。
写真1 浸水により倒壊した家屋(プラハ市内)写真2 流出土砂により寸断された鉄道
(ミュークリッツ川流域)

水災害研究部門 戸田圭一