2002年台風RUSA(15号)による韓国豪雨災害

1.はじめに
 2002年8月31日〜9月1日にかけて、台風RUSA(15号)が朝鮮半島を南北に通過し、2日間で最も多いところで 900 mm 近い豪雨をもたらした。この豪雨により、韓国全域で246名の死者・行方不明者が生じたのをはじめ、多くの被害が生じた。韓国の地理的・気候的な特徴はわが国と極めて類似しており、この地域でなぜこのような甚大な被害が生じたのかを理解することは、わが国の防災対策を考える上でも参考とするところが大きいと考える。筆者らは、2002年9月23日〜27日に現地調査を行い、その後、文部科学省科学研究費補助金(特別研究促進費(14800007):代表者 京都大学防災研究所 寶 馨)による研究グループを組織して調査研究を進めている。ここでは、これまでに得られた情報をもとに、本災害の概要を報告する。

2.台風RUSA(15号)と豪雨の概要
 図1に台風RUSAの進路を示す。台風RUSAは2002年8月31日15時頃、韓国南西部の全羅南道付近に上陸し、上陸時の中心気圧は 960h Pa、最大風速 35 m/s の大型で強い台風であった。上陸前後の主な雲域は台風の中心の北東部に広がっており、豪雨も台風進路の北東側で発生した。
 図2に、韓国気象庁より入手した韓国内76ヶ所の降水量データを用いて作成した8月30日〜9月1日の3日間積算降水量の空間分布図を示す。最多雨量を記録したのは北東海岸部の江陵(Kangnung)であり898mmに達している。その大半の雨量は8月31日に記録され、同日の日降水量は既往最大の 870mm、最大1時間降水量は98.0mmであった。
8月4日〜8月11日においても停滞前線の活動による集中豪雨があり、韓国全土で180mm〜570mmの降雨が記録された。陜川(Hapchon)域では、この二回の豪雨の両方で堤防が決壊して大規模な氾濫が発生した箇所があった。

図1 台風RUSA(15号)の進路図2 2002年8月30日〜9月1日の積算降水量分布

3.被害の概要
 今回の豪雨により、半島東部の江原道・慶尚北道を中心に大きな被害を生じた。全国の被害は死者209名・不明者37名、浸水家屋27,562棟、 全壊2,837棟、半壊4,797棟、道路被害1,847ヶ所、河川の被害2,649ヶ所などで、被害額は5兆1479億ウォンとされている。なお、2002年8月上旬の豪雨災害の被害は、死者・不明者16名、家屋の全壊・半壊1,164棟、被害額 9,181億ウォンであった。このときの主な被害も慶尚南道・江原道で発生しており、これらの地域は、1ヶ月の間に2度の大きな豪雨災害に見まわれたことになる。
 韓国の1990年から1999年の10年間の豪雨による年平均の人命被害は142名とのことであり、今回の人的被害はそれを大きく上回るものであった。また、被害額で見ると過去最大であるとの報道(9月6日朝鮮日報)もあった。

4.各地の被災状況
(1)江陵(Kangnung)
 日降水量870mmという未曾有の豪雨により甚大な洪水災害が各所で発生した。市内の各地で洪水氾濫が発生するとともに、郊外では谷底平野全体が洪水によって押し流され、そこにあった住居や畑が甚大な被害を受けた(写真1)。また、灌漑用の貯水池が10ヶ所程度、豪雨による急激な水位上昇により決壊した(写真2)。江陵市付近全体で死者49名・行方不明者5名とのことであった。
写真1 Haksan 村の氾濫跡

写真2 東幕貯水池の決壊箇所(写真左)とそれによって引き起こされた下流側の洪水氾濫原の様子(写真右)。

(2)陜川(Hapchon)
 洛東江と支川の新反川との合流点直上流部、および洛東江と支川の黄江との合流点上流部において、堤防が決壊し大規模な氾濫が発生した。写真3に黄江と洛東江の合流点上流部における破堤の様子を示す。本川の治水対策の確率規模は200年、支川は50〜80年とのことであり、弱点となる合流部において堤防が決壊した。黄江における決壊箇所は、8月9日と9月1日の2回破堤した。
写真3 黄江と洛東江の合流地点上流部での堤防決壊(写真左は修復後の堤防であり、矢印部分で堤防が決壊した。写真右(JoongAng Ilbo 提供)は決壊時の様子であり、堤防左が氾濫域、右側が黄江遊水部。このすぐ下流で洛東江と合流する)

(3)茂朱(Muju)
半島中央南部の茂朱南大川流域においても大規模な河道災害が発生した(写真4)。茂朱南大川は朝鮮半島西部に流れ出る錦江の上流部に位置する。茂朱郡庁舎での聞き取り調査の結果、8月31日の推定日雨量は600mm(雨量計が壊れたため正確な値は不明)。人口約30,000名のうち、死者7名・負傷者8名、死者は土砂災害によるものであり、管内の被害額は1,800億ウォンであった。この流域上流部は花崗岩地帯であり、多数の箇所で斜面崩壊が発生していた。
写真4 土砂によって埋まった茂朱南大川左岸の水田域

5.防災情報の伝達手法
 韓国においても日本と同様に、行政機関から避難命令を出すことが制度化されている。一部の流域では、洪水予報も行われており、韓国水資源公社などから配信される情報端末が設置されている役所も存在する。市域内では市役所が、その他の地域では道役所が避難命令を出す権限を持っており、その伝達手段には、屋外に設置されたスピーカー、役所の広報車、職員が直接訪問しての口頭での呼びかけなどが用いられている。韓国では、定期的な民間防衛訓練が行われており、有事の際に情報を伝えるための屋外スピーカーが、特に地方部では整備されている。このスピーカーが今回のような災害時にも使われるようである。直接訪問して避難を呼びかけるルートは日本より柔軟に運用されているようで、近傍の基地から出動した軍が避難命令の出たことを伝え、直接避難所まで避難者を輸送したといった証言もあった。なお、インターネット上の水文情報公開は非常に進んでいるが、それらを防災情報として活用することはあまり考慮されていない様子であった。

6.おわりに
2002年の台風RUSAによる豪雨災害の概要をまとめた。堤防の決壊は本川と支川の合流点の支川側上流部で起こっており、計画規模の異なる合流部付近が弱点であるという共通の特徴が見られた。一方で、計画規模を大きく上回る豪雨が災害の原因であることは間違いないとしても、最近のわが国の豪雨災害と比較して非常に人的被害の大きい災害であった。わが国と気候・風土・地形・人口密度・生活形態の類似した地域で、なぜ246名もの死者・行方不明者が出たのかを明らかにし、両国の水災害の防止・軽減に寄与していかねばならない。

(水災害研究部門 寶 馨・立川康人、
東北大学災害制御研究センター(水災害部門非常勤講師) 牛山素行