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4.9.2 研究領域の活動概要

T.地球規模水文循環研究領域

   教授 池淵周一、助教授 竹門康弘、助手 田中賢治

@領域の研究対象 
地球規模での水文循環の予測技術の開発、過去から現在にわたる長期的な水文循環の変遷を明らかにし、地球規模における水・熱循環を学際的・総合的に研究する。

A現在の主な研究テーマ
1)渇水計画・管理に関するシステム論的研究
2)広域陸面・大気相互作用観測実験(琵琶湖プロジェクト)
3)領域気象予測モデルにおける陸面水文過程の改善とデータ同化手法の開発
4)降雨予測と情報工学的推論法を結合したダムの実時間管理手法
5)河川生態系における砂洲や河畔植生の機能研究
6)ダムや堰管理による流況変動や土砂挙動の変化と生物群集の対応解明

B各研究テーマ
(2)渇水計画・管理に関するシステム論的研究                (池淵)
 地球環境の変化、都市の成長に伴う水需要の逼迫、都市構造の複雑化にともなって渇水の発生の可能性の増大とそれが都市災害化する傾向が強まって来ている。そこで、わが国および諸外国における渇水時の水量・水質管理の方法、渇水被害の計量化の方法、ならびに渇水対応型地域水循環システムの構築法について研究を行なう。
 渇水を生起させる素因である気候・水文現象を物理的・確率統計的側面から分析するとともに、渇水災害を防止・軽減するサイドのハード・ソフトの調整・対応策と被害客体の生活者・事業者・企業などの対応の取り方及び被害の実態を明らかにし、それらの地域別・用途別・時系列的な渇水構造を分析し、総合的な渇水対策を提言している。

(2)広域陸面・大気相互作用観測実験(琵琶湖プロジェクト)      (田中、池淵)
 陸域大気系における蒸発散・降水・融雪・浸透・流出などの水循環の素過程およびその相互作用を明らかにすることは、広く地球規模での環境を議論する上でも、また流域規模での洪水や水資源にかかわる水文環境を的確に把握する上でも重要である。琵琶湖流域における大気、地表、地中、地下(鉛直方向)あるいは湖面、森林、田畑、都市(水平方向)という全体を包含した水・エネルギー・運動量循環系、さらには環境微量有機汚染物質(窒素、リン、SS等)の物質循環系をも視野に入れ、地上観測、衛星観測、数値モデルを組み合わせて総合的に解明するために、時間的・空間的広がりを持った新たな観測戦略の議論を通して観測を継続・発展して行くことを目的とする。
 琵琶湖プロジェクトはこれまで、平野部における短期集中的な衛星同期観測実験が主なターゲットであった第1ステージ、山地域を含む4つの常設熱収支観測システムを展開し、観測の時間軸を連続的なものにするとともに、流域本来の広がりをもった観測態勢を構築した第2ステージと観測対象を発展させてきた。一方数値モデリングとしては、第2ステージにおいて陸面過程モデル、分布型水文モデル、さらには大気-陸面結合モデルを開発し、水文循環過程における時・空間スケール効果の解明に向けた研究を始めるツールが整備されつつある。
 現在進めている第3ステージでは、観測データとモデルのさらなる融合を図る。常設フラックス観測システムによるモニタリングを継続しつつ、オペレーショナル観測情報(衛星データ、レーダーデータ、地上観測データ)も収集し、衛星同期集中観測を実施する。また、衛星・レーダー・地上観測データのデータ同化システムを開発し、メソスケール大気-陸面結合モデルへの応用を図りモデルの予測精度の向上を目指す。一方で、観測データのみならずモデルによる4次元同化データセットも解析に用いながら、長期観測情報の面代表性の解明等により、20km×20kmスケールに至るまでのスケールの階層構造や水文循環過程のスケール構造のモデル化をはかる。

(3)領域気象予測モデルにおける陸面水文過程の改善とデータ同化手法の開発  (田中、池淵)
 日本や中国をはじめ、アジアモンスーン地域においては、耕作地の中で水田の占める割合が高い。これまでに開発されてきた領域スケール〜全球スケールモデルの陸面過程モデルでは水田を取り扱っておらず、水田地帯の熱収支を正確に再現することができなかった。これは水田用のパラメータを与えるだけでは解決できない問題であり、モデルの構造そのものを改良する必要がある。本研究ではSiBをベースに、日本(琵琶湖、東北)や中国淮河で得られた水田熱収支観測データを利用して、水田の水管理(稲の生育段階に応じた水深の人為的操作)をも考慮した新たな水田スキームを開発した。
 陸域表層の水分(表層土壌水分、積雪)が、大気とのエネルギー・水交換過程を通して、気候の形成やその変動、及び異常気象の発生をコントロールしていることが指摘されている。土壌水分量は、地表面の各種フラックスを調整し、地表付近の大気場に大きな影響を与え、さらには降水にまで影響を及ぼすことが様々な研究によって示されている。土壌水分量が変動する時間スケールは非常に長いため、初期値を誤ると長期間にわたり予報精度に影響を及ぼすことになるため、数値予報において、土壌水分量の初期化が非常に重大な課題となっている。
本研究では、Kalmanのフィルタリング予測手法を陸面過程モデル(SiBUC)に応用し、温度と土壌水分が互いに密接な関係を持つことを利用して、陸面モデルの複雑な個々の物理プロセス(温度−フラックス−土壌水分の関係)を直接的に取り込んだ形で、正しく土壌水分量を推定する手法を開発することを目的とする。
 近年衛星リモートセンシング技術の発達により、表層土壌水分量を推定するアルゴリズムが開発されつつあるが、植生地において特に重要となる根領域の土壌水分を衛星から計測することは現時点では不可能である。表層土壌水分の影響は地面温度に、根領域の水分ストレスの影響はキャノピー温度にそれぞれ反映されているので、GMSやNOAA等の赤外画像で得られる表面温度の情報を観測ベクトルに利用することにより、表層、根層の土壌水分を同時に推定するシステムを開発した。ただし、地面温度とキャノピー温度を有効に分解する方法については課題として残った。

(4)降雨予測と情報工学的推論法を結合したダムの実時間管理手法        (池淵、田中)
 メソγスケールの地形の影響による積雲の生起・発達のメカニズムの解明は梅雨期の豪雨の予測に大きくつながる。雲の微物理過程を陽に表現したモデルを用いて数値実験さらには実流域への適用を試み、降雨場・強さの地形による影響を評価するとともに、そこで得られた知見を取得可能な情報と相関させて知識ベースとしてルール化し、定性推論による流出予測、さらにダムの実時間操作手法の開発に結び付けていく。なお、豪雨に関しては治水計画論として重要となってくる可能最大降水量(PMP)についても微物理過程モデルを簡略化した形でシミュレーション手法により展開している。
 一方、渇水時のダム操作にあってはニューラルネットワーク手法により降雨の中・長期予報を出し、ファジィ推論、ニューラルネットワーク駆動型ファジィ推論でダム放流量を決定する方法を展開している。
 実時間洪水制御にとって最も重要な情報となる短時間降雨予測手法を開発し、実際の降雨現象にその手法を適用した。まず、洪水制御を支援するために必要な情報を考察し、定性推論によって得られる定性的な降雨と流量の情報は洪水制御にとって最小限必要な情報であることを示した。その上で、定性的な気象モデルによって、人間が気象学的知識を用いて状況を予測する方法をシミュレートした短時間降雨予測手法を提案した。本手法によって、一般的なメソモデルより小さな降雨分布である流域内の降水分布について、雨域の運動学的外挿手法以上の精度で降雨予測を行うことができる可能性を示した。さらに、予測結果の因果関係を出力すること、予測間違いの原因となった初期情報を変更して予測を自動で行う機能を備えた、単に降雨分布を出力することにとどまらない短時間降雨予測情報提供システムとして、本手法を発展させている。

(5)河川生態系における砂洲や河畔植生の機能研究               (池淵、竹門)
 河川生態系において砂礫堆は動植物の生息場所として、また各種物質の滞留や変換の場として機能していると考えられる。そこで、砂礫堆を単位とした河床地形を流程規模で把握し、底生動物群集の分布様式との対応を明らかにするとともに、砂礫堆を産卵場所に利用するモンカゲロウに着目して、産卵適地となる砂礫堆の物理化学的特性を調べることを目的とした。
 前者については、まず滋賀県高時川の全流程で測定された河川単位ごとの環境条件データならびに12地点で調べられた底生動物群集データを用いて、摂食機能群別個体数密度と上流、現場、下流環境条件との相関分析を行った結果、造網性ろ過食者にとっては上流の砂礫堆の存在がプラスに影響し、藻類食者にとっては現場ならびに上流域の樹冠による光遮断がマイナスに影響することが示唆された。現在この仮説を検証するために京都府賀茂川において、さらに定量的な調査を実施中である。
 後者については、京都府賀茂川の砂礫堆において、モンカゲロウの産卵個体の分布と河床勾配、底質粒度、透水性、河床間隙水の各種水質項目等とを測定した結果、モンカゲロウは結果として河床間隙水の流速の速い場所を産卵場所に選択していることが分かった。今後、これらの場所条件が卵のふ化率や若齢幼虫の生存率に与える影響を野外実験により解明する予定である。

(6)ダムや堰管理による流況変動や土砂挙動の変化と生物群集の対応解明       (竹門)
 長良川河口堰に設置された魚道の機能評価をするために、回遊性魚類、ハゼ類、カジカ類、モクズガニ等について、長良川下流域や汽水域における遡上実態を明らかにすることを目的とした。ミニトラップを長良川流域の全6地点に各3〜10基設置し、遡上生物の採捕、同定、計測等を行った。
 その結果、モクズガニがせせらぎ魚道で高い溯上率を示すことや、上流域で個体数の減少が報告されているハゼ類やカジカ類についても魚道の溯上は行っていることが確認された。また、モクズガニについては、38km地点にまで達する個体も多数捕獲されたものの、ここまで到達するハゼ類は稀であり、カジカ類は捕獲されなかった。また、38km地点のヨシノボリ類は回遊型から淡水域陸封型に置き換わりつつあることが示唆された。これらの結果は、せせらぎ魚道が河口堰による回遊動物遮断の影響軽減に機能しているものの、ハゼ類やカジカ類は広大な湛水域によって回遊が阻まれていることを示している。本研究の成果は、2003年2月の公開シンポジウムで発表され、その後2003年12月に『応用生態工学』に印刷される予定である。

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