ニューヨーク同時多発テロ事件調査研究


 本調査研究の正式名称は,平成13年度科学技術振興調整費 緊急研究開発等「米国世界貿易センタービルの被害拡大過程,被災者対応等に関する緊急調査研究」である.報告書はA4版約300ページに及ぶものであり,CDロムとして関係機関等に配布する予定である.ここでは,本調査の概要を示す.

研究の趣旨
 2001年9月11日朝,ニューヨーク・世界貿易センタービル(WTC)で発生した航空機を使用したテロ事件は,2時間の間に1.35億平方メートルのオフィス空間と2,823名(2002年6月現在)もの生命を奪った.図1は崩壊した7棟のビル群の位置関係を表す。膨大なガレキの山となった世界貿易センタービルでは災害発生から8ヶ月以上にわたって救出活動・ガレキ搬出活動が継続された.この事件は自然外力を原因としたものではないが,発生直後からの社会の対応は,救命・救急作業,情報収集,ニ次被害防止活動など,都市型の大規模災害への対応と何らかわりはなかった.この災害による直接被害額は1,500億ドルに達するといわれ,米国災害史上最悪の災害となった.この災害によって喪失したオフィス空間に入居していた行政機関や世界の主要企業群の被害評価,活動停止の影響も大きく,ダウジョーンズやNASDAQの急落をはじめ,世界経済にも甚大な影響を与えている.以上から,今回の災害は複雑化した都市機能が持つ脆弱性を凝縮した形で具現化した新しい災害であるといえる.
図1 崩壊した世界貿易センタービル7棟

 しかし,この災害は,決して他人事ではなく,この災害で30名以上の邦人が命を落としたのを始め,この災害による社会・影響も大きく,わが国では保険会社の連鎖倒産まで発生している.しかも,この種の災害は世界のどの大都市でも今後発生する危険性を持つ災害なのである.
 このため,この災害を教訓に,災害被害軽減に資することを目的として,同時多発テロ事件のうち被害規模も大きいニューヨーク貿易センタービル周辺での災害に関する実証的な調査を,1)物理的被害およびそれに伴う都市機能の損傷の実態とその後の回復過程,2)現場での消火,人命救助等の災害対応活動の実態と市・州・連邦政府等関係機関のマネジメントシステム,3)本災害が及ぼす広範な影響,4)日本人被災者を中心事例とした被災者行動と危機管理,の観点から実施した.調査研究の枠組みを図2に示す.
図2 ニューヨークWTC同時多発テロ事件に関する調査の枠組

研究計画
  今回の災害は空間的にはきわめて限定された災害でありながら,その影響は全世界的に及んでいる.災害の全貌を把握するには,被災地の現地踏査だけでは困難であり,災害発生以来その対応と調査研究にあたってきたアメリカ側の防災関係者や研究者の協力をもとに,事実を再構成することが不可欠である.そこで,本研究は国研・独立行政法人・大学等の各分野の研究者からなる総合的な研究体制により,米国側と密接な共同研究体制を構築した日米共同研究として研究を実施した.米国科学財団防災研究担当プログラムディレクター・デニス・ウェンガー博士,ニューヨーク大学行政学研究所及び社会基盤システム研究所,デラウェア大学災害研究所と協力し,米国の研究者がこれまで行ってきた研究成果の共有化と現地調査での連携を図った.
平成14年2月24日から3月3日までの期間に実施した43名の団員による現地調査においては以下の4研究課題を設定し,総合的な検討をすすめた.
1.世界貿易センタービル地区の都市環境被害の実態とその後の復旧過程の分析
2.グラウンドゼロ地域での災害対応過程の分析
3.世界貿易センタービル災害の広域的な影響と復興過程の分析
4.在ニューヨーク(NY)日系企業及び日本人旅行者の対応のエスノグラフィ-調査

研究成果
 今回の緊急調査の成果を概括的にまとめると,以下のような教訓が見出された.
1)WTC災害の時間的展開
   今回の災害では世界貿易センタービルを始めとして全部で10棟の建物が倒壊・炎上しており,被災地一体は核ミサイルの爆心地を意味する「グラウンドゼロ」と呼び習わされている.災害発生直後からのグラウンドゼロでの時間的展開を整理すると,下に示す6段階が存在していることが明らかにできた.
T.垂直避難:8:54-10:05 WTCビルに居合わせた人の避難
U.水平避難:10:05−10:30 WTCビル周辺に居合わせた人の避難とグラウンドゼロの出現
V.失見当(体制のたて直し):11:02-13:00?
W.人命救助(Search & Rescue):午後以降
X.遺体捜索・ガレキ搬出:9月12日以降.写真1はスタッテン島における遺体・証拠品の捜索風景である.
Y.ビジネスの再建
写真1 スタッテン島における遺体・証拠品の捜索風景写真2 Disaster Assistance Service Centerの内部

2)WTC災害の被災の特徴
(1)災害規模の大きさ:今回の災害は米国災害史上最大の災害であるといわれている.少なくとも,被害額の点ではこれまで最悪であったノースリッジ地震を上回り,人的被害についても,2,823人という死者・行方不明者を数える事案は最近存在していない.
(2)災害現象の新規性:大都市中心の高層ビル群が破壊され,都市機能に大きな被害が生じた.これまでの災害は面的に展開するものであったのに対して,今回の災害は比較的限られた面積の被災現場で重層的に被害が展開し膨大な被害となっているために,救助等を大変難しくしている.
(3)被災者不在の現場:グラウンドゼロはもちろん被災地周辺の立ち入り禁止は長期間にわたった.同時に,被災したロアーマンハッタン地区は高層ビル群が集まるビジネス街であり,最近職住混在化した地区である.そこに生きる人々、大企業、中小企業、小売業は各地に拡散した.その結果,被災地周辺は被災者の存在がなく,ガレキの撤去が進むだけの無機的場所となっている.写真2は被災者のために設けられたDisaster Assistance Service Centerの内部の様子である。
(4)今回の災害ではNYの金融街が含まれている.ロンドン,東京とならぶ世界経済の中核であるNYが被災するということで,人的被害だけでなく経済の面でも広範で甚大な影饗が発生した.

3)その後の災害対応で見られた特徴
今回の災害は誰もが予想もしなかった事態ではあるが,事態発生後の対応力にはこれまでの危機対応の教訓が随所に生かされ,迅速かつ効果的なものとなった.その重要な構成要素をあげると以下の4点である.(1)ジュリアーニ市長の指導力, (2)すぐれた組織動員力, (3)Federal Response Planの有効性と機関間「調整」の意味, (4)緊急GISプロジェクト

巨大災害研究センター 河田 恵昭