防災研究所のあり方をめぐって


防災研究所長 入倉孝次郎  

 京都大学防災研究所のありかた、そしてその将来を考えるとき、研究所のもつ2つの機能を合わせて考える必要がある。1つは京都大学を構成する1部局として、大学の教育・研究に果たす役割である。もう1つは防災学の国際的研究拠点として災害学理と防災に関する総合的研究を果たす役割である。このことは,大学の附置研究所が縦糸として大学内の学生・大学院生の教育を通じて次世代の研究者を育て、横糸として全国の研究機関と連携して研究所のミッションに応じた最先端研究を推進する両方の役割をもっていることを意味している。

大学の独立法人化の動きは、京都大学の1部局としての防災研究所のありかたのみならず全国の研究者と連携した防災学の研究の将来にも影響する重要な問題を含んでいる。防災研究所として法人化に対して戦略的な対応の検討が急務となっている。

文科省の国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議は「新しい『国立大学法人』像について」と題する中間報告を昨年(平成13年)9月27日に公表した。同会議は、中間報告に対するパブリックコメントを求め、各界から出された意見を参考に検討を進め、最終報告を本年3月26日に発表した。その中では、国立大学の法人化は行政改革の視点を超えて教育研究の高度化、個性豊かな大学づくり、大学改革の流れを促進し、国際競争力のある大学つくりのためであることが強調されている。大学活性化の前提として第3者評価に基づく重点投資のシステムの導入など、適切な競争原理の導入や効率的運営を求めている。
 法人化の積極的な面として財政面、人事面の柔軟性や流動性が出てくる点にある。問題点として、中期目標・中期計画の作成が義務付けられるため、長期的視点にたつ研究への支援が保障されない、第3者評価に基づく重点投資システム等の競争原理と基礎的研究の適切な評価の困難さなどがあげられる。
 大学の運営組織について、大学の自主性の保障とともに、学長のリーダーシップ、学外の専門家有識者の経営参加、経営と教学の分離、などの視点は今後大学全体としての検討が必要とされている。一方、学部レベルの運営のあり方について位置づけが必ずしも明確には記述されていない。とりわけ、学部・研究科とともに大学を構成する附置研究所については殆ど何も言及されていない。研究所に関して唯一指摘されたことは、「大学の教育研究組織のうち、例えば、学部、研究科、附置研究所等については、その性格上いわば各大学の業務の基本的な内容や範囲と大きく関わるものであり、これらの内容や範囲は、あらかじめできるだけ明確にしておく必要がある」、ことである。
これは、研究科と研究所の役割の違いを明確にすることを求めるもので、研究所にとって研究・教育への関わり方に関して大きな方針転換を迫るものと考えられる。

 これまで大学の附置研究所は多数の国際的研究者を擁して学術研究の発展と高度な研究者・社会人の育成に多大な貢献を果たしてきた。研究所のある大学にとって「大学の顔」ともいえる存在といえる。しかしながら、外から見たとき研究所と研究科の違いがよくわからない点もあることは認めざるを得ない。
 もう1つの問題は大学附置の共同利用研究所の問題である。防災研究所は、防災分野のCenter of Excellenceとして全国の大学の研究者が共同研究を進めるための中枢機構としての役割を果たしてきた。独立法人化されると、1大学が1法人となり企業体としての経営努力が求められることになる。研究科や研究所も大学の1部局として法人の経営の一端を担うことになる。そうなると、法人としてのミッションと共同利用研としてのミッションは一見すると矛盾するようにみえる。実際には「共同利用」は他大学・他研究機関のためのサービスのみのものではない。その共同研究の成果は共同利用を実施している附置研究所の成果として評価されるもので、研究施設等の運営予算の増加などの形でその成果が文科省から大学へ還元されてきた。全国共同利用機関を持つ大学は、他大学の"頭脳"を「共同利用」して成果を挙げることによって得ている利益は極めて大きい。しかしながら、この問題については附置研究所側から大学内の理解を得るための働きかけはこれまで十分ではなく、今後大学内で「共同利用」の重要性についての認知をうけるための努力が必要とされる。
 防災研究所では、こうした状況の中で研究所のあり方の戦略を検討するため、将来計画検討委員会の下に作られた企画小委員会が昨年11月防災研究所の全教官を対象としてアンケート調査「Brain-storming KU-DPRI challenge」を行った。この研究企画小委員会は岡田憲夫教授を委員長として、中島 正愛、小尻 利治、橋本 学の4教授からなる。このアンケートは、「国立大学の『独立法人化』、いわゆる遠山プラン「トップ30(現在の21世紀COE)」の動きなど、私達を取り巻く社会のダイナミックな状況の中で、そのようなチャレンジを積極的に受けて立つことにより、私たちの組織のみならず私たち自身の意識改革と体質改善のための、またとないチャンス」と捕らえ,「私たち自身が現状に対して危機意識を自覚し、タイミングを失しないうちに早めに打って出る方策を考えておく」ためになされた。そして、「今後数年にわたって予想される「京都大学防災研究所への挑戦」を生き抜き、乗り越えていくことにつながる、建設的で有効な戦略を私たちが議論していくための素材提供の機会としたい」として、各研究者個々人に記名方式で実施されたものである。
 このアンケート結果は、本年2月、「速攻実践戦略 「待ったなし、今すぐに切り開く突破口」」と題する報告にまとめられ、企画小委員会より防災研究所将来検討委員会に答申がなされた。この報告は現段階では防災研究所の中で合意されたものではないが、研究所の将来構想に対する建設的な問題提起と具体的な提案を含むもので、今後の研究所のあり方について活発な討議を推進するための「たたき台」として重要な資料と考える。詳細は報告書を参照いただくとして、ここで内容の概略を説明する。

報告書は京都大学防災研究所の今後の生き残りを展望するための具体的行動として以下の提案を行っている。
(1) 研究ビジョンの明示:長期的方向性に沿った先進的研究課題と研究戦略の設定とその綱領化
(2) 組織構成の改革:研究所の活性化を促す研究・教育組織体制づくり
(3) 社会的評価を受けて立つ基盤づくり:外部評価に耐えうる客観的(アカウンタブルな)文書・資料の整備など
防災研究所の研究ビジョンとして、単に中期目標だけでなく、10年単位の長期目標、さらに数十年単位の超長期の目標の設定が提案されている。ここでの超長期目標は、防災研究所の理念とも言うべきものである。すなわち、「災害軽減という地域的かつ地球的課題の研究命題に、災害学理の追求と防災に関する総合的な研究の実践をもって取り組み、その成果によって人間社会の安寧に貢献する」としている。ここでの理念は、昨年12月に定められた京都大学の理念の中で「地球社会の調和ある共存に貢献する」に対応したものとなっている。
 中期目標は3つの課題にまとめられる。
1.災害学理の深化と防災諸技術の洗練
2.真の社会ニーズに立脚した防災研究プロジェクトの実践
3.防災国際研究拠点の構築
防災研究所の組織改革として2つの提案がなされている。
1.人事システム改革
2.研究所の運営体制
 その他の課題として
1.教育への継続的コミットメント
2.個人研究業績評価に対する客観的基準の明示
3.パブリックリレーションズ(PR)の一元化
があげられている。さらに具体的な提案として、「より開かれた組織づくりに向けて」として開かれた形で人事や組織化に反映させる仕組みと受け皿として「人事長期構想委員会」( 仮称)が提案されている。
報告書は、「むすびにかえて」のなかで、「危機感を構成員が共有するところから出発」し、「できるところから、突破口を切り開いていかなければならない」、さらに、建設的な議論のための「ひとつのたたき台」として今後検討していき、「前向きなフィードバック」を期待する、としている。

防災研究所は、京都大学の附置研究所として50年の歴史を有し、先端的防災研究をすすめるとともに、多くの人材を社会に送り出してきた。防災研究所のあり方は「防災」に関わる国内のみならず国際的な研究の動向に大きな影響を及ぼすものである。研究所構成員の英知を集め冒頭で述べた2つの機能を柱とする「防災研究所のグランドデザインの構築」が必要とされている。