芸予地震における被害と今後の課題

2001年3月24日15時27分に安芸灘付近を震源として芸予地震が発生した。消防庁災害対策本部によれば、
震央:北緯34度7.2分、東経132度42.5分
震源の深さ:51km
気象庁マグニチュード:6.7
(修正後、モーメントマグニチュードは6.8)
であり、広島県、愛媛県、山口県を中心として広域で被害を生じた。京都大学防災研究所では、建築物と土木構造物の地震被害状況を調査することを目的として、被害調査を実施している。
 芸予地震は、気象庁マグニチュードでみれば、鳥取県西部地震の7.3に比べて小さかったものの、震源の深さは鳥取県西部地震の約11kmに対してかなり深かったことが、被害を広域にしたことの主な原因であるとされている。計測震度値でみると、震度4.5以上(震度階では5弱以上)を記録した地域は鳥取県西部地震に比べてかなり広いものの、逆に計測震度値6.0以上(震度6強)の地点はなかった。観測された地震動も比較的高振動数成分が卓越していて、最大地動加速度が大きいので、瞬間的な慣性力として構造物に大きな力は作用するが、最大地動速度は30cm/s程度以下であり、破壊を進展させるエネルギーとして見ると決して大きくはなかった。
写真1 西瀬戸自動車道(しまなみ海道)の最も四国よりの橋である来島海峡大橋の大島側の吊り橋のセンターステイが破断 (撮影・本田利器)

 このような地震動の特徴は、構造物被害をも特徴付けている。すなわち、比較的被害程度は小さいものが多く、もろい壊れ方をしやすい箇所で被害に至っている。
 土木構造物では、臨海部の護岸のはらみだし、吊り橋におけるセンターステイの破断(写真1)、新幹線ラーメン高架橋中間梁のせん断破壊(写真2)など、随所で損傷が確認されたが、構造物全体の安全性を脅かすような大きな破壊には至らず、一応の機能保持はされたと考えて良いのではないだろうか。
写真2 新幹線ラーメン高架橋中間梁のせん
断破壊・三原市 (撮影・本田利器)
写真3 木造住宅の瓦屋根の被害(松山市)
写真4 呉市の急傾斜地崩壊危険区域の被害図1 観測記録の計測震度値と周辺家屋の瓦屋根被害率の関係

一方、建築構造物についても、全半壊率としては小さかった。しかし、被災した地域が広く、被災建物の棟数も多かったので、地震動や地盤の特性、建物の特性やメンテナンスの状態など、不利な条件が重なった場合に選択的に全半壊などの大きな建物被害が発生しまっている様である(表1)。
また、人的被害については、2名の死者が出ている。ただし、建築物の主構造体の破壊によるものではない。隣接建物の外壁が屋根を突き破って下敷きとなってしまった場合と、自宅ベランダが落下して下敷きとなってしまった場合で、いずれも脆性的破壊に原因がある。
芸予地震では、この他にもコンクリートブロックの転倒やシステム天井の落下など、非構造部材の損傷が多く報告されているが、最も目立ったのは、木造住宅の屋根瓦のずれ(写真3)である。瓦屋根の被害は計測震度値と非常に良い相関を示し(図1)、5.0(震度5強)以上から確認できるようになり、5.5以上(震度6弱)を越えると5%以上の家屋でずれが明瞭に見られた様である。また、瓦のずれは、最大地動速度よりも最大地動加速度との方が相関が良く、大きな慣性力が作用し、十分な耐力が確保されていなかった箇所が損傷を受けたと考えられる。
表1 芸予地震の被害(鳥取県西部地震との比較) *は日本損害保険協会による。その他は、消防庁発表(6月4日現在、鳥取県西部地震については6月5日現在)

 それでは、芸予地震の様な地震に対する対策はどのように考えればよいだろうか。この程度の破壊力を持った地震動を経験する事は、構造物の供用期間中に2〜3度経験しても不思議ではない。しかし、兵庫県南部地震などの場合とは異なり、破壊力そのものはそれ程過大ではなく、耐震技術の観点からは十分に対処可能な場合が殆どで、弱点をなくせば、機能上支障がない程度の被害に低減できるから、地震対策が実施された場合の実効性は高い。土木構造物に代表される様に公共性の高い構造物の場合には、管理者の責任において安全性・機能性が確保される様に対処されるべきである。一方、建築物の場合には、被災地を広域にまわって見ると、a)弱点は分かっていても耐震技術以外の問題で対策が難しい場合(急傾斜地被害(写真4)など)、b)弱点が住民も分かっているはずで、対策も容易なのに放置されている場合、c)対策は容易ではあるが、住民が危険性を認知していない、あるいは関心がないとしか思えない場合など、状況は様々であった。しかし、耐震技術的な対応が実施可能な場合には、個人(所有者/管理者)の責任で防災対策が実施されるべきである。問題は、どの様な対策を個人で行っておくべきなのか、行わなくても良いのはどの様な場合か、もし必要な対策を実施していなかった場合に第三者を傷付けてしまった場合に、どの様な責任が発生するのか、等を明確にしておき、社会的なコンセンサスを得て制度化・義務化していくことも必要なのではないだろうか。
(総合防災研究部門 林 康裕)