京都大学防災研究所 特定研究集会

「十津川災害111周年記念集会−斜面災害発生場所予測に向けて」の報告


日時:平成12年10月19日(木)?21日(土)
場所:奈良県十津川村および大塔村
出席者:合計38名
行程:
19日
 午後 3:00〜6:15 研究発表
    8:00〜9:30 災害のスライド,ビデオ上映
20日
 午前 8:00〜16:00 十津川災害跡現地調査
    4:30〜 6:30 十津川村役場にて普及講演会
    8:00〜10:00 災害のスライド上映
21日
 午前8:00〜12:00研究発表

 本研究集会は,明治22年(1889年)8月に発生した十津川豪雨災害を記念して開催したもので,研究発表,現地調査,十津川村関係者を対象にした普及講演会からなっている.本年は,ちょうど災害が発生してから111年,また,20世紀最後の年であることから,かつての大災害に思いを新たにし,斜面災害発生場所を予測して災害を軽減するための研究をさらに推進する契機とするため,この研究集会の開催地を,災害の発生した場所である十津川村と大塔村とした.「災害は忘れたころにやって来る.咽元すぎて熱さを忘れる」と良く言うが,「我々,災害に関する研究を進めるものは,災害直後の研究は言うまでもなく,災害のない時にこそ災害の研究を着実に進め,過去の災害を忘れずに解析する気持ちを持たなくては」という気持ちからである.
 開催地は交通の便の悪いところであるにもかかわらず,日頃,斜面災害の発生場に関する研究を行っている地質と地形の研究者,および気象の研究者達の参加を得て,活発な議論が朝から晩まで行われた.
十津川災害の概要は次のようである.明治22年8月19日から20日にかけて,台風の北上に伴う豪雨があり,十津川村,および大塔村など,その周辺で大規模な崩壊が多数発生し,崩壊,河川閉塞による湛水,および,天然ダム欠壊にともなう洪水により甚大な災害が発生した.十津川村では,大規模な山崩れが1080箇所で発生し,天然ダムが37形成され,結果的に,168名死亡,流出家屋267戸,全壊家屋343戸の大災害が発生した.同年10月に,600戸,2691人が北海道に移住し,新十津川村を建設したことは良く知られている.災害時の降雨量ははっきりわかっていないが,1000mm程度であったと考えられている.
 研究発表内容は,大きく次の5つにわけられる.1)十津川災害に関するもの(3件),2)斜面災害発生の要因となる降雨に関するもの(2件),3)崩壊と地質構造に関するもの(4件),4)地形と崩壊の履歴に関するもの(6件),5)崩壊の発生と運動機構に関するもの(4件),6)リスク評価・ハザードマップに関するもの(4件).特に,十津川災害に関する発表では,地質調査所の木村克己博士に特別講演をいただき,十津川災害が発生した場である白亜紀の四万十帯について,数多くの地質学的新知見についてお話しいただいた.かつて起きた災害は変わりようもないが,それに関連する研究は常に進む.そのために,常に過去の災害を新たな目で見る必要性を再確認させた講演であった.また,その他の講演では,目的を同じくし,異なる分野の研究者と密に議論をすることの効果が非常に大きいと感じられた.斜面災害発生場所予測の一つの到達点であるリスク評価・ハザードマップに関しては,目的と対象者に応じて異なる研究アプローチと成果のまとめ方がされるべきであるなど,多くの意見が出された.
 十津川村における普及講演(写真)は,1)十津川災害の概要(千木良雅弘,京都大学防災研究所),2)斜面災害との付き合いかた(岩松暉,鹿児島大学)3)斜面災害と降雨-土壌水分(牧原康隆,気象庁)と題して行った.野尻忠正十津川村村長からは,「かつての大災害をややもすると忘れ,あまり好ましくない土地利用もしばしばしてしまうような傾向もある.本講演を,自分達が災害と隣り合わせに住んでいることを再認識し,自らが身を守る気持ちを新たにするための契機にしたい」旨,述べられ,謝意が表された.
 十津川村は,最寄りのJR五條駅からバスで2時間,研究発表会を行った奈良教育大学奥吉野自然実習林まででも同駅からバスで1時間と,両方とも交通の便の悪いところにある.にもかかわらず,日本全国から31人の研究者と7人の学生の参加をいただき,盛況な研究集会であった.また,発表会をおこなった研修棟と宿泊棟が隣接しており,また,周囲と隔絶された山の中にあることも効果的であった.ちょっと抜け出して,ということは,はなからできず.集合から解散までびっしりと「研究集会」を行った.良く米国などで,他のことから退避して,議論に集中するために行われる「retreat,レトリート」とでもいうべきものであった.

研究発表だけでなく,寝食をともにした議論,現地の災害発生場を前にしての議論,現地の人々を対象とした講演と議論,これらの場を,まとめて研究者達に提供できたことは,京都大学防災研究所の特定研究集会として大変有意義であったと考える.
(研究代表者:地盤災害研究部門 千木良雅弘)