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 3.2.3萌芽的共同研究


 防災学における新しいアイデアを醸成するために防災研究所内外の少人数の研究者によって行なう萌芽的共同研究である(平成13年度新設)。研究期間は1年である。研究成果報告書(冊子体)の作成は義務づけず、大胆なアイデアの追求を奨励している。

平成13年度

(研究課題の選考概要)本年度新設のカテゴリーであるが、8件の応募があった。企画専門委員会では、各研究課題の意義・特色、および敬意費の妥当性について検討の後、コメントを付した別表を作成し共同利用委員会に提示した。
共同利用委員会における審議の結果、平成13年度萌芽的共同研究として5件を採択した。


(13H-1)地球及び火星における土石流堆積物に関する比較惑星学的研究 研究組織
研究代表者
 宮本英昭(東京大学大学院工学系研究科)
所内担当者
 千木良 雅弘(京都大学防災研究所 教授)

(a)研究の目的
 火星には近年高性能な探査機が2機到着して、膨大な量の地表観測データを送り始めたが、その中に土石流や地滑りなどの土砂流動が数え切れないほど確認された。火星には植生が無いので、流動後の地形が比較的良く保存されている。また全球にわたって調査ができる事や、最高約1.5m/pixelの高解像度の画像が取得されている事を考えると、火星表層の調査を通じて、土砂移動現象による堆積物の一般的な形態像が浮かび上がると期待できる。特に様々なスケールの現象を統計的に処理できると考えられるので、流動メカニズムのより深い理解を助ける可能性がある。さらに、地球の典型的な土石流堆積物の形態や内部構造と比較することで、土砂流動の条件を統計的に推定できる事も予想され、地球上の防災面においても重要な役割を果たすと期待できる。本研究では、こうした長期的な目的を踏まえた第一歩として、火星上の代表的な地形及び地球上の類似した地形の特徴を把握する事を試み、今後の研究の方向性を探った。

(b)研究経過の概要
過去に流動の条件が良く調べられている富士山大沢崩の土石流や、雲仙普賢岳の火砕流を対象として、現地調査や空中写真・衛星画像判読、文献調査を通じて堆積物の内部構造や表層の形状を把握した。これと同時に火星の高解像度画像と比較検討を行い、火星上の土砂移動現象の形態的特徴を整理した。更に地下水流動に関する新しいモデルの提唱や、溶岩流の特徴的な地形から噴出率を推定できる可能性を示した。

(c)研究成果の概要
 既に公開されている画像から、火星に見られる土砂移動現象の代表的な物を選び出した。植生が無いため、期待通り表層の状態を細かく知ることができた。土砂崩れはバレスマリネレスに代表される巨大な峡谷の壁面付近に多く見られ、ローブ状の堆積物が明瞭に確認された。またナーガルバリス等の多くの谷地形底部には、非常に新しくみえるリップルがあり、さらにそれを覆う斜面から崩落した堆積物も見つかった。溶岩流は巨大な火山の側面に数多く見つかったが、中でもオリンポス山斜面には明瞭な溶岩流地形が確認できた。研究代表者は溶岩流地形の新たな理論的解析方法を提案しているが、これを上手く適用できる地形を幾つも見つけたので、今後噴出率推定の議論を行なう予定である。また地下水流出に伴う小規模な土石流と考えられている地形をサイレナムフォッサ周辺のクレーター壁に多く見つけたが、形態的には大沢崩れと非常に類似している事を確認した。現在は、火星表層の地下水流動のモデルを新たに構築している。尚、本研究がきっかけとなって、研究代表者は14〜17年の間アリゾナ大学に移り、ベイカー教授と共同でこの研究を更に追求する事となった。

(d)成果の公表
宮本英昭,千木良雅弘,登坂博行:地球及び火星における土石流堆積物に関する比較惑星学的アプローチ,地球惑星科学関連学会2001年合同大会予稿集, P4-007, 2001.
Zimbelman, J. R., and Miyamoto, H., New Views of Volcanism on Mars: RecentObservations and Computer Simulations, AGU Spring Meeting abstract, V42A-02, 2001.
Miyamoto, H., Zimbelman, J. R., Tokunaga, T., and Tosaka, H. : Laboratoryexperiments to investigate breakout and bifurcation of lava flows on Mars, AGUSpring Meeting abstract, P41A-01, 2001.
Zimbelman, J.R., L. Glaze, S.M. Baloga, H. Miyamoto : Comparison of finitedifference method and computational calculus approaches in simulating lava flowpaths on Mars, GSA Annual Meeting, 178, 2001.
Palmero,A., Sasaki,S. and H. Miyamoto : Subsurface hydrological processesrelated to the formation and evolution of the Shalbatana Complex and relatedareas on Mars, Proc. 34th ISAS Lunar Planet. Symp., 9-12, 2001.
宮本英昭:奇妙な類似、火星と富士山の土石流, 森に学ぶ101のヒント, 158-159, 日本林業技術協会編, No.72, 225pp., 2002.
Palmero, A., Sasaki, S., Miyamoto, H.: Geomorphic Evidence Supportive of Underground Conduits on Mars, Lunar Planet. Sci., XXXIII, 1418, 2002.
Palmero, A., Sasaki, S., Miyamoto, H. : Geomorphic Evidence Supportive of Underground Conduits on Mars, to be submitted to Geophys. Res. Lett.
Miyamoto, H. : Estimation of an eruption rate of Olympos mons lava flow, in prep


(13H-2)市街地火災における高温熱気流の数値計算法の研究
研究組織
研究代表者
 大屋裕二(九州大学 応用力学研究所)
所内担当者
 丸山 敬(京都大学防災研究所 助教授)

(a)研究の目的
 強風時の市街地火災は弱風時に比べて被害が格段に大きくなる。このような高温熱流場を数値的に計算し、その性状を予測する手法は少なく、とくに市街地火災を対象として物理的なメカニズムを取り入れたものは皆無なのが現状である。本研究では,市街地における延焼問題の予測・解明を目的とした計算手法の開発を行うために、市街地火災における火炎および熱輸送を含む乱流場のモデル化に関する調査・研究を行う。その際、物理的なメカニズムを取り入れた高温熱流場のモデル化、火災源を含む境界条件の与え方、数値計算手法の検討を行い、強風時における市街地火災の延焼問題の数値シミュレーション法の開発を目指す。

(b)研究経過の概要
 研究期間(平成13年4月4日から平成14年2月28日まで)の間に、4回の研究会(平成13年9月17〜19日、平成13年10月22〜24日、平成13年12月11〜12日、平成14年2月25〜26日: 於京都大学防災研究所)と1回の研究打ち合せ(平成13年12月20〜21:於九州大学応用力学研究所)、および資料収集(平成13年12月20〜21:於名古屋工業大学)を行った。

(c)研究成果の概要
強風時の市街地火災の数値シミュレーションでは、計算手法等種々の問題を解決しなければならない。本研究では、基本となる1:高温熱流場における流体の支配方程式の取り扱い。差分法を用いて数値計算を行う際に収束が速く、発散も少ない2:スタッガードグリッドの高精度保存型スキーム。3:高温熱流場に用いられるK-e乱流モデル。4:建物の燃焼モデル。非定常計算に際して必要となる5:流入境界条件としての変動風速の発生方法。飛び火や火炎のシミュレーションを行うための6:パーティクルトレース法、について既存の手法のレビューおよび新たなモデル化を検討した。さらに、7:温度成層流の数値シミュレーションを行い、温度場を含んだ流れ場を実際に解く際の問題点を探った。以上、市街地火災のシミュレーションを行う際の基本的な枠組みに関する計算手法の検討を行うことができた。今後、これらの手法を組み合わせ、市街地火災予測システムとして構築する予定である。また、火炎のモデル化に関しては、今回の研究期間内に十分な調査・開発を達成することができず、今後の課題として残されている。


(13H-3)地表に表れない地震断層を探る
研究組織
研究代表者
 山口 覚(神戸大学理学部)
所内担当者
 大志万 直人(京都大学防災研究所 教授)

(a)研究の目的
 2000年鳥取県西部地震は、マグニチュードが7.3と、兵庫県南部地震と同程度であったにもかかわらず、地表で直接断層面が観測されるような地震断層は見つかっていない。ところで、多くの活断層では、断層に沿って比抵抗値が小さい、いわゆる低比抵抗帯の存在が多く報告されている。
本研究の目的は、このような多くの活断層に伴う低比抵抗帯に注目して、地表では観測されていない地震断層を、電磁気学的手法で見いだし、その位置や地下構造を明らかにすることである。

(b)研究経過の概要
 明瞭な地震断層は見つかっていないが、地表面の断裂や構造物の破壊や変形は多く見つかっており、それらは震央の北西側約4km、南東側2kmに、ほぼ北西から東南方向に平行して表れている。緑水湖畔の宿泊施設「緑水園」に隣接する空き地で、VLF-MT調査(2測線)と多電極電気探査(1測線)を行った。VLF-MT探査は、22.2kHzの潜水艦との通信用電波を信号源とする地磁気地電流法の1種である。探査深度の目安となるskin depthは大地の比抵抗値が100Ωm、1000Ωmの場合、それぞれ34m、106mである.
 電気探査では、電極数を32本、電極間隔を1mとし、電極配置はWenner法とEltran法を併用した.これら両電極配置の測定結果を基に、2次元比抵抗モデルを算出した。計算に当たっては、内田(1993)のABICを用いた最適平滑化拘束の2次元インバージョンプログラムを使用した.

(c)研究成果の概要
(1)VLF-MT探査の結果
測線中央部付近に20mにわたって、1kΩmを越える高比抵抗領域が存在する。またこの領域の南側には低比抵抗値の領域が存在する。
(2)多電極電気探査の結果
 我々の測線のすぐ近傍で行われた地震断層のビット掘削調査結果と算出されたモデルを比較すると、以下の結果が得られた。
1)最も顕著な比抵抗コントラストは、地表で変位が観測されている位置とほぼ一致しており、この境界が、断層面を示していると考えられる
2)この比抵抗境界も、地表付近は不鮮明ですが、4m以深で明確になる。
3)比抵抗境界の傾斜は垂直です.傾斜が高角であることは、余震分布から推定されている震源断層の傾きと整合的である。
4)高比抵抗な領域は貫入岩に対応する。
5)これと接する低比抵抗な領域は、ガウジを伴う花崗岩類の破砕帯に対応する。


(13H-4)メタンハイドレートの地球環境に及ぼす影響に関する予備的調査
研究組織
研究代表者
 福山 薫(三重大学 生物資源学部)
所内担当者
 岩嶋樹也(京都大学防災研究所 教授)

(a)研究の目的
 海底大陸斜面に存在するメタンハイドレートは次世代のエネルギー源として注目されている。しかし、メタンハイドレートは不安定な物質であり、海底地滑りや海水温の上昇に伴い大量のメタンガスが大気中に放出される恐れがある。このように、メタンハイドレートの不安定化は地球温暖化を通して気候環境変動の引き金になると危惧されている。これらの問題に関して、地球科学・環境気候科学の立場から予備的な調査・研究を実施する。

(b)研究経過の概要
 三重大学生物資源学部附属練習船「勢水丸」を用いて、伊勢湾内やメタンハイドレートが存在すると考えられている太平洋紀伊半島沖の南海トラフ付近洋上において、大気・海水・海底泥中のメタン濃度を測定した。大気・海洋・海底中でのメタンの空間的な濃度分布を求めてきた。  メタンハイドレートは次世代のエネルギー源として注目されているが、利用するには採算性確保や環境への影響等数多くの課題が残されている。メタンハイドレート不安定化に伴って発生するメタンガスはきわめて温室効果の高い気体であるので、これが地球温暖化を通して地球環境・気候変動に対してどのような影響をもたらしうるかに関して、地球科学・環境気候科学の観点から調査・検討を加えてきた。

(c)研究成果の概要
 三重大学生物資源学部附属練習船勢水丸を用いた大気中及び海水中のメタン濃度測定は2001年6月と11月の2回、いずれも伊勢湾内および熊野灘周辺において実施した。熊野灘周辺においては、大気中メタン濃度はほぼ1.8ppmVの北半球のバックグラウンド濃度として知られているような値を示している。南海トラフ付近での海水中の溶存濃度も伊勢湾内に比べて約一桁以上低い。今年度の散発的な観測では、メタンハイドレートの位置確認に至るような明確なメタン濃度分布の違いは見いだせなかった。今後は、より集中的で空間的に密な観測を洋上および海水中の複数の深度において実施する必要があることが示唆された。
 急激な地球温暖化をもたらすおそれのあるメタンハイドレートに関して、最新の内外の文献を収集し、海底地滑り等との関連や防災科学・地球科学・環境気候科学等の側面から調査検討を加えてきた。現在のところ、環境への負荷を与えることなく膨大なメタンハイドレートを取り出す技術は不完全であり、メタンハイドレートの賦存推定そのものもきわめて難しいと言えそうである。

(d)研究成果の公表
「熊野灘における大気メタンと溶存メタンの濃度分布」大気環境学会誌に投稿予定


(13H-5)現代の社会向け防災教育に関する基礎研究
研究組織
研究代表者
 牛山素行(東北大学大学院工学研究科(京都大学防災研究所))

(a)研究の目的
 現代は、Internetを中心とする情報技術の発展により、詳細かつ多量な防災関連情報を誰もが入手することができるようになっている一方で、その情報の「見方」に関しての解説や教育は十分ではない。また、防災関連の研究や技術が急速に高度化し、一般社会に理解しにくくなっている面もある。本研究では、近年の自然災害に関して多くの現地調査経験を持つ研究者が、互いの知見を持ち寄り、防災に関する研究成果や基礎知識を社会に普及させるための検討・提案を行うことを目的とする。また、事例地(代表者が継続的調査を行っている三重県藤原町)を設けて防災教育プログラムを策定し、それを実践し、教育効果や課題についての検討も行う。

(b)研究経過の概要
2001年2月三重県員弁郡藤原町において研究グループのキックオフミーティングおよび町役場、地元関係者を交えての防災学習会を実施  [参加:牛山・片田・山本・小村]
2001年3月 群馬県群馬郡榛名町における地域型防災マップ作成の取り組みを視察  [参加:牛山・片田]
2001年4月 研究グループのメーリングリストを 開設。各地での地域的防災学習、地域型防災マップの作成事例などについての紹介および議論を開始。2002年3月までに約100件の情報がやり取りされる。
2001年7月 三重県員弁郡藤原町向けの、携帯電話参照型リアルタイム豪雨表示システムを整備(http://www.disaster-i.net/disaster/1999fujiwara/amedas-p.html)
2001年8月 三重県員弁郡藤原町大貝戸地区において防災学習会を実施。約120名が参加同地区における地域型防災マップ作成への機運が高まる。           [参加:牛山・寶]
2002年3月 三重県員弁郡藤原町坂本地区において防災学習会および図上防災訓練DIGの実習を実施。約40名が参加。前後に研究グループの研究会を実施し、本年度のまとめおよび今後の計画を議論。  [参加:牛山・片田・山本・小村]

(c)研究成果の概要
 三重県藤原町を対象として、継続的な防災学習会を実施し住民らとの意見交換を行い、同町における防災教育・意識啓発ツールとして、情報提供システムの整備および住民自身が作成する地域型防災マップの導入が効果的であるとの合意を得た。これを踏まえて、インターネットにおける情報提供システムの整備を行うとともに、防災図上訓練DIGを試行的に導入し、DIGの改良について議論した他、DIGの効果を評価するための基礎情報を得た。
 これらの成果により、同町において住民らが自主的に地域型防災マップの作成を計画し始めている。2002年4月以降、具体的な取り組みが始まる予定で、現在の研究グループメンバーが参加、助言を行うことになっている。研究グループとしては、この活動を通じて、DIGや防災マップ作成などの手法の更なる一般化を図るとともに、その効果を客観的に計測する方法について、統計的手法を中心に検討を進めている。また、2003年以降は、同町と異なるバックグラウンドを持つ地域を対象として、同様な取り組みを行い、効果に関しての比較研究を計画している。

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