・研究集会名(番号) 化学/同位体組成からみた深層風化と
                 地下水の貯留性に関する研究  (9Kー5)

・研究代表者  京都大学理学部附属地球熱学研究施設  北岡豪一

・所内担当者  奥西一夫

・開催期間   平成10年2月27日

・開催場所   京都大学防災研究所

・参加者数   25名


 

概 要

 天水が岩石圏を循環する過程で、岩石からその構成成分を溶脱させ、運び去り、岩 石を変質させる現象は、風化過程における最も基本の要素であり、エントロピーを増 大させるという意味で、地殻の安定化へのひとつの過程である。  大気と接触し、降水を受ける地殻表層は、物質とエネルギーの流れの最も速い部分 である。物質とエネルギーの流れは、主に、太陽のエネルギーで駆動された水の循環 に随伴し、その過程で地形地層の形成発達があり、その流れの中で生物が活動する。 斜面崩壊や地すべり、さらに洪水、土砂流など、災害を伴う現象が比較的表層におけ る風化の速い速度過程の中で起こっていることは論を待たない。深層においても、例 えば、火山・温泉地域の地下に存在する地熱流体が天水の深い循環における岩石-水の 相互作用によって形成されるように、風化の過程はなり深部に至る範囲で起こってい ると見なければならない。火山活動や、地震、断層活動においても、深層風化による 影響が考えられる。天水の深い循環は、岩石中の割れ目や破砕帯を通して行われる。 深部由来のガス成分もそれを通して上昇し、浅層の循環系に入って風化層を厚くし、 大規模の崩壊や地すべりの素地をつくる。他方、大陸内部の乾燥地域では、塩湖の存 在や、塩害、砂漠化が示すように、その地下には表層と交流の少ない規模の大きい地 下水流動系が形成されている。風化の問題は、防災科学、環境科学にとどまらず、地 球科学の諸問題と基本的に関わっていることが分かる。  このように、水循環と風化が、種々の時間空間スケールで起こり、それらの過程が 気候学的、水文学的、地形学的、地質学的、鉱物学的、地球化学的、生物学的、さら には、テクトニクスまで、極めて多種の条件によって支配されているため、それらを 統一的に理解するには限界があるのかもしれない。また、水を追跡するには、水分子 を構成する水素と酸素の安定同位体とトリチウムは有効な天然トレーサーであるが、 その挙動が、ミクロな空隙からマクロな透水性までの種々の確率過程による影響を受 けるため、それを解析する方法論は必ずしも確立されているとは言えない。さらに、 流動途中における岩石-水の相互作用による水質形成と岩石変質の非平衡過程について も反応速度論的に取り扱う方法論が確立されているとは決して言えない。  水循環と風化の問題に、化学/同位体を用いて接近しようとしても、このように、 その手法には、多くの解決されねばならない問題がある。今回の研究集会は、化学/ 同位体手法の適用性の限界を明らかにしつつ、固体/流体システムにおける物質とエ ネルギーの流れと媒体の変質過程の理解に接近することを目的として、地球化学、陸 水物理学、地形学、火山学、森林生態学など、異なる多くの分野で水循環と風化に取 り組んでいる研究者が、互いに情報を持ち寄り、互いに視点を確認し合うために催さ れた。風化と水循環とが密接不可分の関係にあることは、本集会で、松倉氏が指摘し たように、風化の現象が、水の流れによる物質とエネルギーの移動によるものであり、 水の移動がなくなると、水は周りの岩石と化学的熱的に平衡して風化は進まなくな るという明快な論点から言える。風化による岩石の変質と、それによって運び出され る化学物質の沈積は、逆に、水の循環系に影響を与える。水が動く限り風化は進行す るという基本視点の上に本集会の意義がある。  集会では、乾燥地域、火山地域、高山地域、地下の破砕帯、海底流出、地表付近の 浸透及び流出過程まで、種々の時間空間スケールの水循環系で、同位体手法の適用性、 岩石-水相互作用と生物活動による水質形成過程、また、岩石の種類による風化過程 の違いなどについて、水と物質の両面から活発な議論が行われた。議論の過程で、異 なる分野に相補的でかつ解決されねばならない問題点がかなりの程度まで明確化され たと思われる。異なる分野の研究者が、密接不可分である水と物質の移動変質過程に ついて、共通の視点を持ち得たことへの意義は大きいと思われる。それは、それぞれ の研究者が有している自然観に、深まりと広がりがさらに加えられたことであり、各 分野で次なる研究ステップを模索する上に資するところが大であろうと確信するから である。