防災研究所の課題「減災学の確立」


防災研究所長 河田惠昭

歴史的背景

 防災研究所は1950年のジェーン台風災害を契機と して設立され、阪神・淡路大震災直後にそれまでの 小講座制から、5部門5センター、その後6センタ ーからなる大講座制に移行するという大改組を経験 した。そして、本年4月からは中期目標中期計画に 則ったグループ制に移行した。後者に関しては、本 文に続いて紹介してあるので、是非ご覧いただきた い。これらの改組に当って、研究以外の仕事にます ます時間をとられる環境の中で、関係者が投じたエ ネルギーに対して心から感謝したい。
 防災研究所は、現在全国共同利用研究所として、 また21世紀COE研究拠点として、世界最高レベルの 研究水準を有する一方、わが国の防災政策の企画・ 立案・施行に貢献してきたことは誇りとするところ である。これらがさらに発展する仕組みを不断に考 究し、実現する努力を継続することは、本研究所に とって必須と言える。そのためには、具体的に何を しなければならないのであろう。

『防災』から『減災』へ

 『防災』研究所と名づけられたように、当初はジ ェーン台風のような災害による被害をゼロにできる という希望があったようである。だから英語名が Disaster Preventionとなっているのである。しかし、 英語がネイティブの外国人にこの名を告げると、大 抵の場合怪訝な表情を示す。実はPreventionは不可 能であって、本当はReductionなのである。その証 拠に1990年から始まった国連の『国際防災の10年 (International Decade for Natural Disaster Reduction、略称IDNDR)』の公式文書の中には、 決してPreventionという単語は使われなかった。自 然外力の大きさがほとんどの場合確率的に分布する のであるから、極大値をとった場合、対策によって 被害をシャットアウトできると考えることは現実的 ではない。設計外力を極大値にあわせることは、物 理的にも財政的にも不可能である。たとえば、昨今 のような地球温暖化による異常な集中豪雨発生下で は、各種治水施設の設計に用いる計画降雨の再現期 間を遥かに上回ることが一度ならず頻繁に起こるの である。1990年の東海豪雨水害では、名古屋市で観 測された値は、350年の再現期間をもっていたと推 定されている。
 このような場合に、「防災」ではなく「減災」と いう言葉を使いたいと言うのが、私の主張である。 「防災」には「減災」が含まれるという主張もある が、これは無理な解釈であった。むしろ「減災」の “特殊な”場合、すなわち被害がゼロの場合、「防災」 という言葉を使った方が素直である。

21世紀COE拠点形成プログラムの標題

 なぜ、このような議論をしてきたかと言えば、そ の理由は設立から55年経過して、未だ「減災学」な る学問領域が確立していないことが大きな問題だか らである。私が拠点リーダーを務める21世紀COE拠 点形成プログラムの標題『災害学理の解明と防災学 の構築』にこれが採用されているのは、この理由に よる。10年前の改組の目的にこれが入っていたはず であるが、未だに実現していないのである。
 その理由は、研究者の怠慢のせいでは決してない ことを最初にお断りしておこう。前回の改組の構想 は、阪神・淡路大震災が起こる前に概算要求を提出 し、実際にそこに指摘されていたことが現実に起こ ったのである。あらゆることが不確実な時代にあっ て、その先見性の高さが日ごろの研究成果と結びつ いた証拠である。それは、すでに『都市』というキ ーワードが防災研究にとって非常に重要だと言う主 張であった。当時の「地域防災システム研究センタ ー」が10年の時限を迎えた「都市施設耐震システム 研究センター」を吸収するという端緒が、防災研究 所の全面改組につながったのである。文部省の指摘 は、「防災研究所はこのままでは21世紀の災害環境 に対応できない」のではないかということであった。 両センターの改組だけでは不十分であることは私も 感じていたが、それは当時、研究所全体のコンセン サスではなかった。しかし、危機感の共有化は迅速 に進み、改組の内容が決定し、概算要求した翌年に 阪神・淡路大震災が起こった。新しい研究の枠組み でこの災害に取り組むことができたのは幸いであっ た。そして、災害が多発する10年の締めくくりとし てインド洋大津波災害が発生した。この10年間に発 生した各種の災害は、それまでの災害と違って、社 会の脆弱性の増加が進むトレンドの中で、従来の防 災研究と他分野との境界領域で、あるいはまったく 新しい研究領域が、つぎつぎと現出したことは誰し もが認めるところであろう。

減災への視点の変化

 防災研究が、基礎科学と応用科学からなることは、 容易に理解できる。防災研究の目的は、被害軽減で あって、被災者は国民であるから、それを視野に入 れた研究を遂行しなければならないことは言うまで もない。基礎科学は従来より、地球物理学、土木学、 建築学、社会心理学、情報学などの既存の学問分野 の成果を拡大する形で進められてきた。そして、防 災研究のエンドユーザーが被災者であることを考え たとき、被災者学という分野が従来なかったことが わかる。阪神・淡路大震災はそのことに気づかせて くれた災害であった。さらに言えば、被害抑止、被 害軽減、応急対応、復旧・復興の減災サイクルの中 で、ともすれば軽視されてきた復旧・復興の重要性 が認知されたと言ってよい。たとえば、昨年発生し た新潟県中越地震でも、被災地は19年振りに大雪に 見舞われ、雪解けによる被害拡大と被災者の生活再 建はこれからが本番である。そして、中山間地域が わが国の70%を占めると考えれば、再び起こる確率 は都市災害であった阪神・淡路大震災よりも大き い。したがって、前例となるこの災害復興をしっか りやらなければならない。そして、地震がなくても 10年以内にわが国の中山間地域のほとんどの集落か ら住民がいなくなる異常を何とかしなければならな い。わが国では、都市だけでなく中山間地域も災害 脆弱性が年々大きくなっているのである。

学問分野としての『減災学』の確立

 このような時期に何が必要かといえば、参照でき る学問の成果があるかどうかということである。と くに過去10年にわたって急拡大の一途であった防災 研究における応用科学の成果の中から、法則として の一般性を有する事実を基礎科学の枠組みとして再 編しなければならない。そうしないと、基礎科学と 応用科学の一体的推進、言葉を変えて言えば、内容 的に自然科学と社会科学の融合はいつまで経っても お題目に過ぎなくなってしまうだろう。再編とはす なわち学問領域としての『減災学』のアイデンティ ティを確立することを意味する。防災研究の各分野 の成果は、これまでそれぞれ高く評価されてきた。 しかし、その総体としての『減災学』という学問体 系を未だ世に問うていないのである。私が心配する のは、このような作業をやらないと、減災研究は、 結局時代の要請をドライビング・フォースとした一 時的に花が咲いた学問に過ぎなくなってしまうこと である。いずれ災害発生の静穏期を迎えたとき、継 続的な減災研究の必要性の理解は、学問領域が確立 していることが前提となろう。減災研究を時代の要 請に終わらせないために、そして諸先輩の努力を結 実させるためにも学問領域としての『減災学』の確 立は緊急の課題である。それはいま創出されようと している生存基盤科学にも主体的に貢献できること に繋がるであろう。