講演「21世紀の災害とその研究」


50周年記念式典における池淵所長による「21世紀の災害とその研究」と題するプレゼンテーションの概要は以下の通り.



防災研究のビジョン:
防災のための研究,いわゆる「防災学」は,21世紀においては災害科学と防災工学を柱として社会的な要請に応え,「少災害社会」の実現を目指し強力に推進されるべきである.

災害ポテンシャルと社会の防災力:
発生しうる災害事象のポテンシャルと社会の防災力の大小の関係は場所や時期により変わる.世界的に進む都市化,環境変化等の要因もあわせ、災害ポテンシャルと社会の防災力の関係を4つのパターンに概念化できることを示した.
世界,日本の主要な自然災害:
1950年以降の世界の主要な災害と1945年以降の国内の主要な自然災害のリストと分布が示された.特に1990年代から発生件数,災害による被害額ともに急激に増大し,災害に対して脆弱な地域に人口や資産が集中していることを示している.
地震:
21世紀前半に南海トラフにおいて南海地震が発生すると予測されており,機動的な稠密観測を展開して予知研究を推進することが急務である.耐震工学の面では,高い強度を持つ構造物材料の開発,効率的なエネルギー消費機構の開発,入力地震波の高精度予測を通して,より快適な住環境を提供する技術開発を目指している.
津波:
来るべき南海地震では甚大な被害が予想され,21世紀は津波防災の準備期間とすべきである.太平洋を伝播して来る遠地津波では,到達するまで時間があるので到達時間や波高を数値シミュレーションで予測することが可能になってきている.
火山災害:
国内には86の活火山があり,雲仙普賢岳,三宅島,有珠山と多くの災害が発生し,多くの火山で直前予知に成功した.しかし水蒸気爆発や富士山のような百年以上の休止期間を持つ火山活動の予測はさらに難しく,研究はまだ端緒に付いたばかりである.
斜面災害:
2001年1月のエルサルバドルの地すべりや1999年広島市周辺の土砂災害等,近年都市化域における斜面災害が頻発し,小規模な崩壊でも多大な被害に結びつく事例が増大している.地すべり災害の予知予測は十分な調査をすれば可能になりつつあり,21世紀においては信頼できる斜面災害予測システムを早期に確立することが望まれている.
環境保全,エネルギーと防災:
自然災害のエネルギーを利用する研究も今後取り組むべき課題である.また,ユネスコとの間で地すべり危険度軽減とかけがえのない文化・自然遺産保護のための国際共同研究をペルーの世界遺産「マチュピチュ遺跡」等において取り組んでいる.
地球温暖化と自然災害:
温室効果気体による地球温暖化は自然災害にとって重要な要因であり,気象災害の諸要因(異常気温,集中豪雨,台風,温帯低気圧)の変化や温暖化抑制因子としての大気エアロゾルの役割の衛星リモートセンシング等を通した研究も急務である.
台風,豪雨災害:
レーダー網や気象衛星による台風監視体制が整い,台風災害は大きく軽減されたが,地球温暖化と海面上昇による台風の強大化と高潮災害の頻発が懸念されており,発生の詳細なメカニズムや内部の微細構造等,さらなる研究の推進が望まれている.
水資源:
21世紀に水不足の危険度が高い地域の人口は25%,48カ国まで増大する可能性が高い.流域における水循環過程の解明,短時間から長期間の降水予測手法の確立,降水や河川水,地下水などの汚染状況の解明,ダム等の操作管理や地下水の利用管理,排水の再利用,海水の淡水化など水資源の量と質に関わる研究が21世紀において急務である.
災害リスクマネジメント:
21世紀におけるリスクマネジメントの焦点は,我が国における少子化,高齢化,世界的な人口増大や地球環境問題の顕在化,経済のグローバル化と都市,地域での意志決定における防災のためのベストマッチングの方策である.
防災情報:
インターネット時代,大量の防災情報が一般にも広く伝達されるようになるが,情報の高度化は一方で噂やデマも受け入れる素地を高め,災害に対する対応力を低下させる懸念がある.情報の効果的な伝達のあり方も研究する必要があろう.
突発災害調査:
2001年インド西部地震等,防災研究所はCOEとしてこれまでにも多くの突発災害調査の企画,推進役を果たしてきたが,21世紀においては,平成13年度に所内に設置された自然災害研究協議会を中心として突発的な災害が発生した際に機動的に全国的,学際的な調査団を組織,派遣し,災害リスクの軽減のための方策を提言してゆく.