所長就任にあたって

入倉孝次郎 


 人類が現在抱えている解決困難な問題の1つが自然の営みと人間活動の不調和からもたらされる災害現象である。その意味から災害の軽減・防御の研究に対する社会的期待はきわめて大きい。地震・火山・台風などによる大きな災害が起こるたびに防災研究所の研究活動が社会的注目を集めることもその表れといえる。しかしながら、研究所が社会的期待に応える十分な研究成果と説明責任を果たしてきたかどうか我々は常に自ら点検評価が必要とされる。
 大学の行っている教育・研究に対して厳しい世論が存在することは最近の大学審議会の答申からも明らかである。各大学の教育研究の質的充実や国民に対する説明などの取り組みを支援・促進する方策として大学評価機関が発足し、評価の試行がすでに開始されている。さらに、研究開発投資の効果を向上させるため評価に基づいた重点的資源配分が行われつつある。このような背景を下に大半の国立研究機関の独立行政法人化が実施され、国立大学についても法人化が検討されている。その中では、大学における附置研究所の位置付けは必ずしも明確となっていない。
 防災研究所は50年の歴史を通じて一貫して防災学の体系化とその成果の社会的還元を図る活動を続けてきた。防災学の継続的発展のためには教育と研究両面からの振興が必要であり、そのために大学の附置研としての防災研究所が重要な役割を果たしてきたことはいうまでもない。しかしながら、今日の時点であらためて研究所として次の3つのポイントについて自己点検が必要と考える。1.防災研究所が大学附置研の研究組織として独創的で特色ある目的・魅力ある目標をもっているか。2.防災学を発展させるにふさわしい研究組織となっているか。3.研究所を構成する研究者個々人が国際的視点を踏まえた研究を行なっているか。
 防災学は、災害の原因となる自然現象の詳細な分析を行い次に起こる現象を予測し、それらの原因を除去する工学的技術とそれを実践に移す人文・社会科学的知識の創出を目指すものである。これまでの防災研究所における研究の多くは、伝統的研究手法に従い地球物理学、土木・建築工学など、個々に専門化された研究領域において独立に進められ、相互の干渉作用を欠いたままなされてきた。結果として得られた成果は、防災学としての総合的視点を持たないものが多く、大学院研究科の研究と変わらないものとなり、個別科学としても最先端となりえない場合が多かったのではなかろうか。先にあげた3つのポイントは災害を科学する作業を契機として必然的に生じる災害軽減・防御のための科学、防災学の体系化に不可欠のものであり、研究所として防災学に関して世界をリードする最先端の研究開発に通じるものと考える。平成13年5月1日付をもって防災研究所の所長就任にあたり、研究所に所属する教職員の皆様のご支援・ご協力をよろしくお願いします。