インドネシア・ブロモ火山の2004年6月8日
の噴火
はじめに
インドネシアのブロモ火山はジャワ島の東部,インドネシア第2の都市スラバヤ市から南へ80kmの距離にある.標
高2100mの高原にあるため,赤道直下に位置するにもかかわらず気温は低く,涼を求めて多くの観
光客が訪れる.スラバヤ市から車で約4時間,山間の道を登っていくと山頂に直径8kmほどのカルデラが開ける.カルデラ内には,ブロモ山,バトー山,ウィドダレン山などが中央火口丘を形成
している.ブロモ山の南18kmにはジャワ島の最高峰スメル火山があり,数分から30分ほどの間隔で頻繁に噴火を繰り返している.噴煙をあげるスメル山を背後に控え,霧に覆われるブロモカル
デラはインドネシアの絵葉書によく使われる東ジャワの代表的な秀景である.ブロモ山も活動を続ける活火山であり,最近では1995年,2000年に火山灰を放出する噴火が発生
した.噴火の規模はさして大きいものではないが,観光客が火口の縁まで立ち入るためにその安全確保のために火山噴火予知に対する要請は大きい.
防災研究所はインドネシア共和国エネルギー鉱物資源総局と「ジャワ島の活火山の噴火機
構とテクトニクス」に関する共同研究の協定を1993年に締結し,以後,火山活動研究センターは総
局傘下の火山地質災害防災局との間で,研究者の相互訪問,学生・研修生の受入れ,共同観測を継続的に行ってきた.昨年7月には協定を更に5年間延長したが,その際に,東
ジャワのブロモ,スメル,ラモンガンなどの火山を新たな研究対象とすることが協定書に盛り込まれた.筆者は,特定領域「火山爆発のダイナミックス」の研究
計画に基づき,6月7日から約1週間の予定で噴火を頻繁に繰り返しているスメル火山の調査を行う予定であったが,6月8日にブロモ火山を訪れる機会を得た.その際に,
噴火を目撃することができたので,噴火活動について報告する.
2004年6月8日の噴火
6月8日午後3時ごろに火山地質災害防災局のブロモ火山観測所に到着した.ブロモ火山は白い噴気を500mほどの高さまで上げていた.ここでは2000年
の噴火後に火口から1.5kmほどの距離に地震計が設置されている.この地震計は午後1時ごろから火山性微動を記録していた.午後3時25分ごろからその振幅は徐々に大きくなり,同26分
に音響とともに噴煙が立ち昇るのが見えた.噴煙は瞬く間に高度1.5〜2kmの高さに達した.噴煙ははじめ白煙を含む黒色であったが,数分後には茶色の噴煙を含むようになった.噴
石は火口から約1km離れたヒンドゥー寺院のあたりまで多数飛散した.一部の噴石は高温であり,山
麓の枯れ木を焼いた.火山灰の放出は約20分続いた.この噴火によって飛散した噴石により火口付近
にいた観光客のうち,外国人を含む2名が犠牲となり,5名
が負傷した.
火山地質災害防災局の対応
今回の調査には,火山地質災害防災局の西インドネシア観測部長のMas
Atje Purbawinata博士と同東ジャワ担当課長のMuhamad Hendrasto氏
が同行していてくれたため,火山地質災害防災局は非常に迅速に噴火に対応することができた.火山地質災害防災局は火山活動のレベルを3(Siap 警戒)に引き上げ,カルデラ内への立ち入りが直ちに禁止された.また,噴火の状況について地方自治
体に説明が行われるとともに,オーストラリアのダーウィンにあるVolcanic Ash Advisory
Centerにインドネシア上空を通過する航空機の安全確保のために,噴火の発生が通報された.観測体制では,地震計が1点増設されるとともに,低周波マイクロホン,傾斜計が新たに設置された.防災研究所火山活動研究センターは10年間の共同研究の間に火山観測技術の向上にも力点をおいて指導を行ってきたが,危機時においてその成果が
生かされた.また,GPS測量,光波測量などの地盤変動の繰り返し測定が行われた.担当課長のMuhamad
Hendrasto氏は本学の理学研究科で火山地域における地盤変動に関して研究を行い,学位を取得したが,わが国で得た知識と経験が生か
された.更に噴石など噴出物の岩石学的分析,亜硫酸ガスの放出量の測定が行われた.その際に,今回の訪問で東京工業大学の平林順一教授が持ち込んだ新型の
亜硫酸ガス放出量測定装置が新たに投入されることとなった.6月8日の噴火の発生後は,一時,火山性地震がやや増加し,緊張が高まったが,その後,1-2個の小規模噴火は発生したものの,噴煙の放出や火山性微動の発生は次第に減少し,地盤変動に大きな変化
が見られないことから6月16日に火山活動
レベルは2に引き下げられた.
火山噴火予知
今回の噴火は少量のマグマを含むマグマ水蒸気爆発と考えられ,噴煙の高度,噴火の継続
時間をみても決して大きな噴火とはいえない.しかしながら,火口付近に多くの観光客が立ち入る火山では小規模な噴火といえども極めて危険であり,今回のブ
ロモ火山の噴火はこのことを改めて実証することとなった.わが国の阿蘇山のケースと極めてよく似ている.多くの観光客が立ち入ることを考えると噴火予知の
必要性はいうまでもないが,このような小規模な噴火に対して有効な噴火予知を行うことは,ブロモ火山の場合,不安定な地震観測システムと一人だけの観測員
であることを差し引いても,かなり難しいと思われる.今回の場合,小振幅の火山性微動の発生以外,火山性地震の発生などほとんどみられなかった.唯一噴火
発生予測の鍵となる現象は,噴火の3時間前,正午ごろから1時
間程度,それまで連続的に発生した微動が全く停止したことであろう.これもまた,阿蘇火山の場合と類似した現象であろう.
今後の問題点
今回の噴火についていくつかの問題点が指摘できる.1つは火山地質災害防災局では観測
所において毎日火山性地震の発生回数をカウントしてバンドンにある本所へ通知しているが,連続的に発生する火山性微動についてはその評価を行っていないこ
とである.2番目に,火山地質災害防災局は早くからハザードマップを作成しており,この点ではわが
国よりも進んでいたはずであったが,これを一般に,特に,相手が不特定多数である観光客などに十分伝えきれていないことである.近年はかなり改善されてき
てはいるが,わが国でもハザードマップが生かされていない火山がいくつかある.また,ハザードマップには火砕流,泥流といった被害が広範囲に及ぶ災害要因
についてのみ記載されているが,噴石落下のような狭い範囲ではあるが頻繁に起こり,しかも観光客が立ち入るような場合には,よりきめ細かいハザードマップ
が必要となろう.3番目は噴火後,カルデラ内は立ち入り規制が行われているにもかかわらず,何人か
の観光客が火口のすぐそばまで近づいており,規制が徹底して行われていなかったことである.防災情報の伝達のむずかしさと重要性を改めて認識させられた.
(火山活動研究センター 井口正人)
写真の説明
写真1 ブロモ火山の2004年6月8日の噴火.噴火発生の約5分後.
写真2 火口から約1kmの距離まで到達した噴石.噴石落下により約50cmの
大きさの穴があいた.
写真3 噴火後,緊急に行われたGPSおよび光波測距儀による火山体の地盤変動観測.前方に白色の噴煙をあげるブロモ山が見える.