64日の昭和火口での噴火についてコメント(6月8日一部修正)

【要旨】

今回の噴火は,姶良カルデラに蓄 積しつつあるマグマが出口を模索している活動の一端である.当面,姶良カルデラと桜島の地下活動の変化とあわせて,この噴火口の活動の推移を注視する必要 がある.

【背景】

桜島の北方の錦江湾,姶良カルデラ地下ではマグ マ蓄積が進行していて,水準測量やGPS など地殻変動観測からは,1914年の大正大噴火で流出したマグマの約8割程度を再蓄積していると考え られる.最近10年間も年平均1000万立方メートル程度の割合でマグマ蓄積が進んでいる.

他方,195510月に始まった桜島南岳の山頂噴火は1993年以降漸次低下して,2001年からは火山灰放出量が年間10万トン以下まで低下した(1980年代は年間1000万〜3000万トン).いわば,南岳山頂火口につらなるマグマの通路(火道)がほぼ閉塞状態であると 考えられる.しかし,地盤変動観測では,姶良カルデラの地下に蓄積したマグマが,桜島の地下に多量に上昇・貫入していることを示唆する事実は認められな い. 

 マグマの出口がふさがれている 状況でカルデラ地下にマグマが蓄積し続けているため,2003年から桜島や周辺で震源のやや深い地震(A型地 震)の発生頻度が増加した(井口,2006)2003423日未明には山頂の地下浅部で マグニチュード2.8を含む20数回の地震が発生,同年秋から翌年にかけては桜 島南西部の約10km付近,および姶良カルデ ラ内で地震活動が高まった20062月頃からは桜島南岳直下の震源の浅い火山性低周波地震(B型地震)が増加するとともに, 昭和火口の噴気量の増大や地熱異常域の拡大が確認された.いわば,姶良カルデラに蓄積したマグマが出口を模索している状況であり,今回の噴火はこのような 背景のもとで発生した.

【今後の活動について】

 今後,数年から数十年先を視野 に入れると,火山活動の活発化は避けられないと考えられる.幾通りかの噴火様式と規模が考えられるが,例示すれば,@19701980年代のような山頂噴火の 激化,A1946年昭和噴火のような斜 面からの火 砕流・溶岩流の噴出(雲仙普賢岳の活動程度),あるい は,B1470年代文明大噴火,1779年からの安永大噴火,1914年大正大噴火のような桜島の両山腹(海底を含む)からの大噴火である.

 火山活動の活発化がこの先どの ように展開するかを現時点で予測することは困難である.しかし,これまでの例からしても予兆なしに一気に大きな噴火発生にいたるとは考えにくい.大きな噴 火発生に至るまでにはいくつかの段階を踏むと予想される.当面は上記の@とAの可能性を視野に入れて,下記の3点を注視する必要があると考え ている.

@昭和火口と山頂火口の活動の推 移:山頂 にはA火口と昭和30年代 から拡大成長したB火口がある.過去40年余り,この二つの火口で噴 火を繰りかえしてきた.64日に60年ぶりに噴火を始めた昭和火口がB火口と同様に拡大成長するかどうか各種の観測調査で見 極める必要がある.本格的な火口に成長すれば,斜面にできた噴火口の習いとして,19881989年の十勝岳噴火や1939年の桜島昭和火口での噴火のように,噴火の際に火砕流が発生する危険性が高くなる.

A地震活動の推移:緩やかに噴火 活動が高まる場合には桜島や周辺で火山性地震が増加する.他方,やや急激にマグマが貫入・上昇する場合には,過去の大噴火のように,有感地震を含む地震が 多発する.

B桜島および姶良カルデラの地盤 変動:火山活動が顕著に高まり,より規模の大きな噴火に発展するか否かは,主として,桜島の地下へのマグマの上昇・貫入が加速されるかどうかにかかわって いる.197210月からの山頂噴火激化に先立 ち, 1970年頃から隆起中心が姶良カルデラから桜島へ移動したが、これは桜島 へのマグマ貫入によるものであった.この事例が,GPSや水準測量などの地盤変動観測から活動を予測評価するひとつの参考となる. 

【市民の協力】

 火山現象には観測機器で検知で きないものも多い.今回の噴火もその規模が小さいこともあって,その始まりを地震計等の観測計器では識別できなかった.火山活動研究センターに38年間勤務している高山鉄朗さ ん(防災研究所技術室観測班長)が,4日(日)1140分頃に昭和火口跡で噴火が始まったことを確認し,当センターは気象台,鹿児島県等へ連絡 するとともに調査を開始した.

本年3月に鹿児島市から発行された桜島火山防 災マップに記載してあるように,なんらかの異変に 気づいた人には,異変の内容と場所,時間などを,鹿児島県庁,市役所,消防,警察,気象台等のいずれかへ,迅速に通報してもらうことを期待したい.桜島の 大正大噴火の際には,噴火の数日前から有感地震が始まり,2日前には一部島民が避難を始めた.しかし,東桜島村と西桜島村の村長が鹿児島測候所に電 話で有感地震の頻発を通報したのは,噴火前日の役所が閉庁している111日の日曜日であった.充分な情報収集と確認調査ができないままに翌12日午前10時過ぎの大爆発を迎えること になった.
 

(京都大学防災研究所附属火山活動研究センター 石原和弘)