平成15年7月20日水俣市宝川内地区の土砂災害

図1 水俣市宝川内地区の高速長距離土砂流動現象の全景鳥瞰図(アジア航測(株)提供)
はじめに
 熊本県水俣市では平成15年7月20日の午前1時頃から豪雨が降り始め、午前6時までに連続雨量で265mm, 最大時間雨量(午前4時から5時)91mm達した。そして午前4時20分頃、長さ約100m,幅70-80m、深さ約10mの比較的大きな山腹崩壊が発生し、崩壊土塊が宝川内川の支流(集川)を約1.5km流下し、宝川内川との合流点に位置する集地区の集落を襲い、家屋14戸を全壊させ、死者15名、負傷者6名の大災害を引き起こした。水俣市では多数の表層崩壊(深さ1-2m)が発生したが、この内、深川新屋敷地区では、表層崩壊土塊の直下の急傾斜地上に建築されていた住宅1戸が破壊され、死者4名、負傷者1名の災害が発生した。同じ土砂災害ではあるが、力学的メカニズムの観点からみると新屋敷地区のものは、特別な過剰間隙水圧の発生メカニズムを考慮しなくてもその運動が説明できる発生頻度の高い通常の急傾斜地崩壊に属する。一方、宝川内川地区の土砂災害は、山腹で発生した崩壊土塊が、その運動過程で土量を増加させつつ長距離高速で運動し、緩傾斜の谷の出口に位置する下流部落を襲ったものである。すなわち、現在、そのメカニズムの解明と信頼度の高い予知予測に基づいた災害軽減対策の確立が求められている「高速長距離土砂流動現象」の典型例の一つである。防災研究所斜面災害研究センターでは、文部科学省科学技術振興調整費「地震豪雨時の高速長距離土砂流動現象の解明(APERIF)」プロジェクトと(社)日本地すべり学会の合同調査(参加者19名)の一環として現地調査を実施したので、その一部を紹介する。

土砂災害現象の概要
 図1は、水俣市で発生した高速長距離土砂流動現象の全景を示したものである。航空機搭載レーザースキャナーによる1mメッシュDEMに同時に撮影したデジタルカメラの画像を貼り付け、ほぼ正面からの立体画像として処理したたものである。空中写真よりもレーザースキャナーの方が原理的に正確な地盤形状が求められることから、APERIFプロジェクトでも微地形解析に用いている。図1を一目して直感的に理解されるように集地区を襲った土石流は、山腹で発生した斜面崩壊が原因と推定され、これは1996年の長野県蒲原沢の崩壊-土石流、1997年の鹿児島県針原川の崩壊-土石流、と同様である。これらはいずれも山腹で崩壊が発生し、崩壊土塊が渓流を流下し死者がでている点において共通している。一般に渓流を土砂が流下する現象は土石流と呼ばれるが、必ずしも渓流でなくても同様な流動性を発揮する場合がある。本年5月に発生した宮城県沖地震で発生した宮城県築館町における高速長距離土砂流動現象も同様である。渓流を流下するか否かで水分条件、地形条件が異なり、運動土塊の攪乱の程度が異なるが、基本的なメカニズムにおいて共通しているところがあると考えられ、APERIFでの研究テーマでもある。

図−2 源頭部の崩壊の断面図及びサンプル採取地点

図3 地すべり再現試験の概念図
図4 地すべり再現試験の結果

 図2は、崩壊源頭部をノンミラートータルステーションを用いて測量した結果に地質とサンプル採取地点を書き込んだものである。A-B-C-Dは崩壊後の地盤高であり、A-Eは崩壊側壁斜面上部の位置を中央断面上に投影したものである。崩壊深さは約10m、すべり面傾斜は26.5度、A-C-Dを結ぶ崩壊前の平均傾斜は30.4度である。(C-D間にも1-2mの風化土壌がかぶっていたと推定されるが、重要度が少ないことから崩壊の基本的概要を示すこの図では無視して示している)。したがって平均傾斜約30度の風化安山岩質溶岩の斜面で崩壊が発生し、その下に位置する凝灰角礫岩の表層の風化土を削りつつ、約17度の勾配を持つ渓床へ到達し、ここで停止することなく下流へ流下したと考えられる。
 崩壊が発生した風化安山岩質溶岩は、透水性が高く、またもろい。一方、凝灰角礫岩は、同じく安山岩質の火山堆積物であるが、亀裂が少なく透水性が明らかに低い。したがって凝灰角礫岩と溶岩の境界の上に地下水面が形成され、これが豪雨時にかなり上昇し崩壊に至ったと推定される。安山岩質溶岩の内部摩擦角は30度以上あることは確実であり、不飽和状態での崩壊は考えられないので地下水位はB-Cをつなぐすべり面以上まで上昇していたと推定される。B-C間には滑落崖上部から崩落してきた二次的崩落土砂が堆積しており、崩壊前に土層の採取が困難だったので滑落崖の底部(図2に位置を示した地点)からサンプルを採取し、この崩壊土塊の発生運動特性を実験的に調べた。

地すべり再現試験
 水俣斜面で発生した崩壊を再現する試験を防災研究所で開発した地震時地すべり再現試験機を用いて実施した。図3は試験の概念を示している。斜面内の潜在すべり面あるいは潜在すべり面を形成してものと同じ土質のサンプルを採取して、リング状のせん断箱に入れ、これに斜面土層の自重に相当する応力を載荷する。ついで地震力あるいは水俣の場合は水位上昇に相当する間隙水圧を与え、すべりが発生するか否か、どれだけの水圧で発生するか、発生後の運動は加速するか、運動時に発揮されるせん断抵抗がいくらになるかを調べるものである(参考文献2,3)。図4が、地震時地すべり再現試験機(DPRI-5,最大せん断速度10cm/sec)を用いて実施した再現試験の結果である。試験は豪雨時にすべり面は飽和していたはずなので、まず試料を飽和した。そしてすべり面にかかる斜面土層に自重によって生じる応力を再現した。そして地下水位の上昇に伴う間隙水圧の増加をせん断箱上部のバルブから水圧を上昇させることにより与えた。せん断箱内の間隙水圧はせん断箱の上部から出入り可能なので、完全な非排水試験でも完全な排水試験でもなく自然排水状態である。水圧が上昇していくとある点で破壊が生じ、急激なせん断変位の増大が観察された。また、この運動開始とともにすべり面で発揮されているせん断抵抗が急激に低下した。運動中に発揮されるせん断抵抗(τm)と自重による垂直応力(σ0)の比(tanφa=τm/σ0)より運動時に発揮される見かけの摩擦角(φa)が求まるが、破壊直後のもっとも低い値で7.2度、50cm程度移動した後で11.3度になった。
せん断面に生じる過剰間隙水圧は、せん断ゾーンでの過剰間隙水圧発生とせん断ゾーンからの過剰間隙水圧発散の差から生じる。せん断破壊直後は、発生速度が高く発散速度が遅いことから、破壊直後の見かけの摩擦角が小さくなるが、次第に安定した値に落ち着いている。いずれの場合もこの土塊の運動時に発揮される見かけの摩擦角は、斜面末端の渓床勾配17度よりも小さく、停止することなく運動を継続することが推定される。また、この値から自重による垂直応力が約1/2(深さ5m)以下であれば、見かけの摩擦角は21度となり、17度の渓床勾配を流下できなくなることが推定される。この多くの要因が絡み合った現象を解釈するには実験数が少なく、数値的な結論を出すには不十分であるが、なぜ大規模な崩壊が発生した宝川内のみで高速長距離土砂流動現象が発生したかを説明するシナリオを提供するものと考えられる。
 最後に合同調査を実施した国土交通省・国土地理院(杉山正憲)、(独法)防災科学技術研究所(井口隆)、佐賀大学理工学部(岩尾雄四郎)、鹿児島大学理学部(岩松 暉)、金沢大学工学部(汪 発武)、東京大学工学部(伊藤竹史)、(株)応用地質、(株)日本工営、防災研究所21世紀COE研究員(古谷元)各位、及び空中写真提供等において協力していただいた(株)アジア航測、(株)国際航業に感謝の意を表します。

参考資料
1.国土交通省河川局砂防部(2003.7):梅雨前線豪雨により九州各地で発生した土砂災害(速報)
2.Sassa, K., Fukuoka. H.. Wang, G.& Ishikawa, N.(2004): "Landslides" Journal of International Consortium on Landslides, Vol.1, No.1 (accepted).
3. Sassa, K, Wang, G, & Fukoka. H.. (2003). Geotechnical Testing Journal, ASTM, Vol.26, No.3, pp.257-265.

斜面災害研究センター 佐々恭二・福岡 浩・王 功輝