科学技術振興調整費

「アジア・太平洋地域に適した地震・津波災害軽減技術の
開発とその体系化に関する研究(EQTAP)」について


1.はじめに
 科学技術庁の科学技術振興調整費による多国間共同研究として、表記研究が実施中である。英文タイトルは"Development of Earthquake and Tsunami Disaster Mitigation Technologies and their Integration to the Asia-Pacific Region"であり、その主要語句Earthquake, Tsunami, Asia-Pacificの頭字をとってEQTAPプロジェクトと呼んでいる。とりまとめ機関は理化学研究所で、その研究活動の中核を理化学研究所地震防災フロンティア研究センター(EDMと略称/所在:兵庫県三木市)が担っている。筆者は非常勤で同センターのセンター長を務めることから、本研究の研究リーダーとして研究を推進することになった。
 この研究は、アジア・太平洋地域における地域特性を考慮した地震・津波災害防御のための技術開発を行うとともに、それらを統合して「アジア・太平洋地域に適した地震・津波防災マスタープラン」を構築しようとするものである。それは21世紀におけるわが国の国際防災協力に関する科学政策の方向を見定めるという戦略的目的を強く内在する意味で、重要なプロジェクトと考えている。
 本研究では、国内からは17の学官民の研究組織、国際的には日本以外に、アジア・太平洋地域(APEC)の14の地域の組織が共同研究に参加している。その中で、京都大学防災研究所に本務を持つ筆者が研究リーダーを務めていることだけでなく、いくつかの研究課題を当研究所の研究者に担当して頂くことにより、京都大学防災研究所が重要な役割を果たしている。このことから、今回防災研究所ニューズレターへの寄稿の機会を頂いたので、本研究プロジェクトの内容と意義に関する筆者の見解をとりまとめて、この活動に関するご理解を得たいと考えるものである。

2.研究実施の背景
 1995年の阪神・淡路大震災は、わが国の都市地震防災方策に多くの変革を迫るものであった。そこから提起された最大の教訓のひとつに、防災対策において、物理的課題・社会的課題・情報課題を貫く総合的視野に立つ研究への要請が明確になったことが挙げられる1)。このことは、震災直後の平成8年度から4年間にわたり科学研究費特定領域研究(A)で実施された「都市直下地震による災害の防止に関する基礎研究」や、平成10年度の防災研究所特別事業「都市地震災害の軽減に関する日米共同研究」および平成11年度に開始された科学研究費特定領域研究(B)「日米共同研究による都市地震災害の軽減2)」の中に実現されてきた。
 この方向はまた、いくつかの研究組織の整備においても反映されてきた。平成8年度に行われた京都大学防災研究所の改組において、総合防災研究部門や巨大災害研究センターが設置されたことはその顕著な例である。さらにこれを明確な形で研究組織に実現したのが理化学研究所地震防災フロンティア研究センターである。これは、科学技術庁で進められた地震防災研究基盤整備3)の一環として1998年1月に発足したもので、災害過程シミュレーション(社会的課題)、災害情報システム(情報課題)、破壊・脆弱性評価(物理的課題)の3チームが切磋琢磨する形で研究が展開されている4)
 本稿で紹介するEQTAPプロジェクトは、ここに述べた研究の方向をアジア・太平洋地域の場で実践することにより、わが国の防災研究の国際的役割を果たそうとするものである。

3.研究目的と研究の目標
 アジア・太平洋地域は日米両国を核として世界経済の1/2を占める世界の秩序安定にとって重要な地域である。また同時に、この地域では地震活動が活発で、世界で発生する地震の約3割が集中する環太平洋地震帯に属している。これまでにも、この地域では数多くの地震・津波災害により甚大な物的・人的被害が発生し、それに続く復旧・復興課題が大きな社会問題となっている。
 このような自然環境の中で日本は世界で最も進んだ防災技術を有する国となったが、1995年の阪神・淡路大震災の発生により、その防災力も決して十分とはいえないことが明らかとなった。また、この震災を契機に、我が国と比較して地震危険度が低いとされる他のアジア諸国においても、地震防災の重要性が認識されることとなった。さらに、1998年7月に発生したパプアニューギニアの津波災害は、環太平洋地域の地震・津波災害危険度が高いことばかりでなく災害復興に大きな障害を残すことを印象づけた。
 本研究は、以上のような環太平洋地震多発地帯に位置するアジア・太平洋地域の地震・津波災害軽減技術の開発を自然環境や社会経済特性を十分理解したうえで、この地域に適した地震・津波防災技術の体系を構築することを目的とするもので、以下のような4項目の研究目標を掲げている。
(1) 災害被害抑止技術の開発:地震・津波防災の共通基盤的な地盤災害の抑止技術や土木・建築構造物の耐震技術等ハード面における被害抑止技術の開発
(2) 災害危険度評価とその対応システムの開発:都市災害危険度評価とその対応システムの開発を目標とした防災都市診断支援システムや都市災害リスク評価とマネジメント技術を社会環境情報、防災都市計画の計画論・制度論的視点から検討・開発
(3) 災害の地域特性の評価:自然環境や社会経済環境をベースとした大地震の即時情報システム支援データベース、津波危険度評価、災害調査法、災害への社会対応などに関する地域特性の明確化と地域性に対応する災害軽減システムの構築
(4) EQTAPマスタープランの構築:上記???の研究成果を体系的に統合・包含し、リスクマネジメントの枠組みに基づく「アジア・太平洋地域のための地震・津波防災マスタープラン」の構築
 すなわち、本研究では、ハード技術・システム技術・地域特性評価の3つの柱と、それらの統合技術ならびに現実への適用の技術(implementation technology)を明確化するマスタープランを最終目標としている。

4.研究体制(第1期;平成11〜13年度)
 本研究の研究期間は、以下の3段階に分けられる。
  1) 準備研究(1998年度):研究計画の調整・外国カウンターパートの形成
  2) 本研究第1期(1999?2001年度):本格研究/2001年に中間評価
  3) 本研究第2期(2002、2003年度):最終目標の達成
 予算規模の実績としては、準備研究に約5,000万円、本研究第1期の当初2年間で約2億円/年があてられている。
 本稿を執筆している平成12年は本研究第1期の中間年であり、第1期研究の最盛期を迎えている。第1期研究の枠組みは、以下のように4つの大課題とそれぞれを構成する3?4の中課題から構成されている5)
◎アジア・太平洋地域に適した地震・津波災害軽減技術の開発とその体系化に関する研究
 1.アジア・太平洋地域に適した被害抑止技術の開発
  (1)地盤災害の抑止技術の開発
  (2)地域特性を反映した社会基盤施設の耐震化技術の開発
  (3)地域特性を反映した建築物の耐震化技術の開発
 2.アジア・太平洋地域に適した災害危険度評価とその対応システムの開発
  (1)都市災害リスク評価とマネジメント
  (2)地域特性を考慮した防災都市計画
  (3)災害リスク評価のための社会環境情報の収集手法
 3.アジア・太平洋地域における災害の地域特性の評価
  (1)地震被害ポテンシャルの基礎データセット構築
  (2)津波の危険度とその減災及び影響評価
  (3)アジア・太平洋地域に適した地震・津波災害調査方法
  (4)災害への社会対応に関する比較防災論的究明
 4.アジア・太平洋地域の地震・津波防災マスタープランの構築
  (1)マスタープランとその構築のための防災技術の体系化に関する基礎的開発
  (2)マスタープランの有効性実証のためのシミュレーション手法の開発
 各中課題は2〜3名の研究担当者によって研究が進められており、その約半数はそれぞれ個別の小課題を設定している。このように、研究プロジェクト全体としては、多分野の研究者が共同して行う総合的な研究となっている。
 EQTAPに参加する国内の研究担当者は合計25名からなり、その所属機関は以下のように学官民を横断する構成となっている。(1) 研究実施本部:理化学研究所地震防災フロンティア研究センター;(2) 大学:東北大学工学研究科、東京大学工学系研究科、東京大学地震研究所、東京大学生産技術研究所、東京工業大学総合理工学研究科、京都大学工学研究科、京都大学防災研究所、国立民族学博物館、神戸大学都市安全研究センター、(3) 国立研究機関:建築研究所、港湾技術研究所、土木研究所、防災科学技術研究所、(4) 民間研究機関:アジア防災センター、システムズアンドリサーチ、電力中央研究所。
 これらのうち、京都大学防災研究所関係の研究担当者とその役割を列挙すると以下のとおりである。
 ●亀田弘行 (EDMセンター長兼務;研究リーダー)/担当課題*:研究の統括ならびに4.アジア・太平洋地域の地震・津波防災マスタープランの構築
 ●林 春男 (EDMチームリーダー兼務;大課題3リーダー)/担当課題*:3(4)災害への社会対応に関する比較防災論的究明、および4.アジア・太平洋地域の地震・津波防災マスタープランの構築
 ●佐々恭二/研究課題:1(1) 地盤災害の抑止技術の開発
 ●岡田憲夫/研究課題:2(1) 都市災害リスク評価とマネジメント-防災都市診断支援システムおよび地理情報システム技法の開発
 ●入倉孝次郎/研究課題:3(1)地震災害ポテンシャルの基礎データセット構築-強震観測関連データベースの構築
 ●河田恵昭/研究課題:3(2)津波の危険度とその減災及び影響評価
 これらの課題に関する研究経費の管理は、*印の研究課題は科学技術庁から理化学研究所に委託された研究費による直轄経理、それ以外の研究課題については、理化学研究所から京都大学防災研究所へ産学連携等研究費として再委託されて実施されている。

5.国際共同研究の体制
 個別課題については、それぞれアジア・太平洋地域の国・地域における研究機関をカウンターパートとして、共同研究が勧められている。個々の機関名は紙数の関係で省略するが、カウンターパートの国・地域は、インドネシア、カナダ、韓国、シンガポール、タイ、台湾、チリ、中国、パプア・ニューギニア、フィリピン、ベトナム、米国、香港、メキシコに及んでいる。
 一方、マスタープランの構築については、地震防災フロンティア研究センターのスタッフを中心にマスタープラン・タスクフォースを構成して、マスタープランの構築に当たっている。この中に6名の防災分野で国際的に指導的な位置にある実務経験者からなる国際アドバイザリーパネルを置いて、研究成果の中核をなすべきマスタープランに関する国際的討議と評価を得ながら研究を進めている。
 EQTAPプロジェクト全体を円滑に推進するための国際ワークショップを年1回開催(これまで1998年9月、2000年3月)6,7)し、研究全体の進展状況に関するレビュー・確認と今後の研究方針の討議を行っている。また、これまでにマスタープラン・タスクフォース会議を5回(1999年8月、11月、2000年3月、6月、10月)開催し、マスタープランに関する研究討議を重ねてきた。

6.EQTAPの研究成果の目標
 EQTAPから得られる具体的成果として、以下の3つの姿を描いて研究を進めている。
(1)「EQTAPマスタープラン」:リスクマネージメントに基づく防災PDCAサイクルの枠組み(図-1)
(2)「EQTAPデータベース」:個別研究課題成果を統合した総合防災技術体系
(3)「EQTAPディジタルシティー」:コミュニケーションツール
 これらは、国際社会における地震・津波災害軽減に貢献するためのわが国の科学政策のあり方に関する提言に結びつけることを意図するものである。そのためには、アジア・太平洋地域の地域的特殊性への理解に立ちながら、国際的に標準的な枠組みを持つこと、多彩な防災情報への要請に応えること、多様な関係者(stakeholders)が容易にアプローチできるコミュニケーションの手段を提供すること、などが要請される。成果目標に掲げた上記の3項目は、EQTAPの結果を個々の技術開発の単純な集合体ではなくそれらが有機的に結合され、国際的な場での防災努力を真に支援できる道具とすることを目指すものである。
 1期の3年間では、個別研究課題による技術開発とその統合によるEQTAPデータベースを完成、リスクマネージメントによるEQTAPマスタープランの枠組みの提示とパイロット的ケーススタディ(マニラ都市圏を対象)の実施、そしてコミュニケーション・ツールとしてのEQTAPディジタルシティーのプロトタイプを構築して公開することを目指している。これらの成果を基に、第2期には、マスタープランの詳細化と具体化、技術的成果を現実に適用するための技術(implementation technology)の明確化、ディジタルシティーの継続的充実、そして国際防災戦略のための科学政策への提言を盛り込むことを目指すべきと考えている。

7.むすび
 EQTAPプロジェクトの使命は、いま激動期にある日本が、災害に対する脆弱性を克服して安全性(safety)と社会持続性(sustainability)を向上させる防災の基本課題に対し、国際的な場で今後どのように貢献することができるかを探り、その具体的手段を提示して見せることにある。種々の経緯からたまたま筆者が研究リーダーを務めることになったが、この目的を共有するプロジェクト参加者の協力と、関係各位の支援なくしては、EQTAPの目標は到底達成し得ないであろうことを痛感している。各研究課題を進めて頂いている研究担当者はいずれも各分野の権威とされる方々であるが、筆者からは、研究リーダーとしての役割上、マスタープラン構築に向けて、決して安楽とは言えない要請を多数発する事態になっている。こうした要請に真摯に応えて頂いている研究担当者各位に敬意と謝意を表したい。
 また、研究遂行上のサポート体制をしっかり敷いていただいている科学技術庁と理化学研究所本部ならびに地震防災フロンティア研究センターの事務部に御礼申し上げる。さらに、各課題の研究の多くは、理化学研究所から参加大学へ産学連携等研究費を再委託する方法で実施されている。これには当然京都大学防災研究所も含まれる。これらの委託研究に対してサポート体制をとって頂いている各大学の事務部にも御礼申し上げる。  今後ともEQTAPプロジェクトへのご協力・ご支援を頂くようお願いして、この報告を終えることにする。

参考文献
1)文部省緊急プロジェクト「兵庫県南部地震をふまえた大都市災害に対する総合防災対策の研究」報告書(研究代表者:亀田弘行)、京都大学防災研究所、平成7年3月.
2)亀田弘行:「都市地震災害軽減に関する日米共同研究」の経緯と今後の方向、京都大学防災研究所ニューズレター、平成11年5月.
3)科学技術庁航空・電子等技術審議会:「地震防災研究基盤の効果的な整備のあり方について」(諮問第24号)に対する答申、平成9年9月.
4)亀田弘行:センター発足の経緯と平成9?10年度の活動概要、EDM, RIKEN研究年報-平成9?10年度、1999.6、pp.17-30.
5)Kameda, H., "Development of Earthquake and Tsunami Disaster Mitigation Technologies and Their Integration for the Asia-Pacific Region," Keynote Address, Proceedings of the Multi-lateral Workshop on Development of Earthquake and Tsunami Disaster Mitigation Technologies and Their Integration for the Asia-Pacific Region, EDM-RIKEN / STA, Kobe, September30 - October 2, 1998, EDM Report No.2, pp.6-15.
6)Proceedings of the Multi-lateral Workshop on Development of Earthquake and Tsunami Disaster Mitigation Technologies and their Integration for the Asia-Pacific Region, Kobe, September 30 - October 1, 1998, Earthquake Disaster Mitigation Research Center, RIKEN, November 1998.
7)Proceedings of the Second Multi-lateral Workshop on Development of Earthquake and Tsunami Disaster Mitigation Technologies and their Integration for the Asia-Pacific Region, Kobe, March 1-2, 2000, Earthquake Disaster Mitigation Research Center, RIKEN, March 2000.
(総合防災研究部門 亀田 弘行)