台風9918号

台風の概要  災害観測実験センター 林 泰一 
八代海の高潮災害  災害観測実験センター 山下隆男 
東三河地方の竜巻  大気災害研究部門 石川裕彦 

豊橋市で発生した竜巻(豊橋市中消防署より撮影;豊橋市提供)

 昨年の台風シーズンは、当初日本付近で弱い台風が発生する状態が続いたが、9月20日から25日にかけて日本を襲った台風9918号は、日本各地に大きな被害をもたらした。特に、熊本県の八代海沿岸では高潮のために12名が死亡したなど、全国で死者30名、重傷94名、軽傷1,049名の人的被害、家屋被害(全壊332、半壊3,023、 一部損壊 85,989)をもたらした。また、この台風に伴い、愛知県豊橋市を中心とする東三河地方で複数の竜巻が発生し、多くの被害をもたらした。台風18号にともなう一連の災害に関しては、文部省科学研究費補助金(突発災害)の交付を受け、調査研究を進めている。


台風の概要

林泰一(災害観測実験センター)

 台風9918号は1999年9月19日9時に沖縄県宮古島の南東海上約420kmで発生し,ゆっくりした速度で西北西に進んだ。9月20日9時には沖縄県宮古島の南に達し、ここでしばらく停滞した。この停滞している間に勢力を強め,9月20日9時の985hPaから翌21日21時には955hPaまで30hPaも中心気圧が低下した。その後,9月22日0時からは,沖縄本島の西の東シナ海西部を北上し,中心気圧は9月22日9時には935hPa,翌23日9時には930hPaまで低下し,大型で非常に強い台風に発達した。その後,鹿児島県甑列島から熊本県天草諸島付近を通過して,9月24日6時頃に熊本県と福岡県の県境付近に上陸、さらに北東進し,周防灘に出た後,同日8時頃に山口県宇部市付近に再上陸した。山口県西部を縦断して,日本海に出た後、25日2時頃、北海道渡島半島に再々上陸した。北海道西岸を北上して,同日12時頃,オホーツク海で温帯低気圧になった。気象庁発表の台風の進路を第1図に示す。
図1 台風9918号の経路と中心気圧
図2 下甑島での気象記録写真1 屋根がとばされた下甑島の体育館

 この台風では,那覇(58.9m/s),鹿児島(53.1m/s),熊本県牛深(66.2m/s)等の瞬間最大風速が各気象官署で観測された。牛深の記録は測候所の統計開始(昭和24年)以来,最大の風速である。気象官署の外には,下甑島の鹿島村役場で,瞬間最大風速83.9m/s,最低気圧937hPaを記録した。その自記記録を第2図に示す。午前2時半頃から約1時間の間,台風の眼に入って,風速が急に弱くなっているようすが示されている。台風の眼の中で気温が上昇するwarm coreの構造も明瞭に記録されている貴重な自記記録である。
 強風による被害の実例を示す。写真1は,下甑島において,小高い山の頂上近くにある体育館の屋根が強風によって吹きはがされてしまったものである。鹿児島県と熊本県の東海岸では送電線が途中で屈曲する被害が発生し(写真2),数日間にわたって送電停止が続いた。写真3は鹿児島県の小学校の体育館の窓がサッシごと室内に吹き込んでしまったようすである。このような体育館は,台風などの気象災害時には緊急避難場所として指定される場合もあるため,今後強風に対するよりしっかりした備えが必要であろう。

写真2 屈曲した送電線鉄塔写真3 サッシが吹き飛ばされた体育館(鹿児島)


八代海の高潮災害

山下隆男(災害観測実験センター)

 1999年の18号台風では,八代海,周防灘において高潮,高波災害が発生した。特に八代海では高潮の氾濫により12人の死者が出るほどの惨事となったことは,高潮に対する対策は大丈夫だと思っていた我々にとって衝撃的な事であった。事実,私の場合にも,18号台風が発達して大型で強い勢力の台風となり,有明海の高潮に対して危険なコースを通過している情報を知りながらも潮位記録を見る(海上保安庁水路部リアルタイム験潮データ:http://www. jhd.go.jp/cue/ENGAN/real_time_tide/htm/kck_main.htm)ことすらしなかった。電話でNHKの記者から不知火で高潮災害があったことを聞かされ,このことにコメントを求められた時には,台風のコースが最悪であったことと高潮のピークが秋の大潮のほぼ満潮時に重なるという条件がそろったためであるなどと理由付けはしたものの,内心情けない思いがした。その後すぐに熊本大学と連絡を取り災害調査を実施した。以下ではこの共同調査の結果に基づいて,八代海での高潮の特性と災害の発生要因に焦点を絞って,「個人的な見解」を述べさせていただく。

図3 八代港で観測された潮位

 図3は八代港で観測された潮位記録,推算潮位(天文潮),数値モデル(光田・藤井の台風モデルによる風域場を用いた3次元海水流動モデルPOMの変形版,波浪の影響は入れていない)で再現された八代港と松合地区(氾濫災害の生じた場所)での潮位の時間変化を示している。これより次のようなことがわかる。
(1)高潮の前後で,実測潮位は天文潮に比べて30~50cm高くなっている。これは,今秋に発生した異常潮位成分で,対馬海流の流路変動等に起因するのではないかと考えられる。
(2)実測潮位には2つのピークが発生している。第1ピークは吹き寄せと吸い上げによる海水位の上昇で,いわゆる「高潮」と呼ばれる水位上昇である。第2ピークは八代海での南北方向の副振動である。すなわち,気象じょう乱により発生した高潮が外力の弱体化により自由進行波となり,八代海を南下しその南端で反射して再度北上した長波成分であると考えられる。数値シミュレーションでも同様の振動現象が再現されている。
(3)数値シミュレーション結果は観測値より若干大きめの振幅で振動をしている。
(4)松合地区では痕跡高さがTP4.5mであることが示されているが,計算で再現された最大潮位は3.8mで,両者には0.8mの差がある。この差は,波浪による海面上昇(wave set-up)なのか,海岸構造物等による局所的な水位上昇なのか,極浅海域の高潮に固有の現象なのかは今後の研究のポイントになる。
 残念ながら,八代海域での信頼できる験潮記録はここのものだけで,高潮の数値シミュレーション結果の検証には必ずしも十分なものではない。特に,八代海も北部海域は干潮時には干潟が出現するような非常に浅い内海で,このような極浅海域での海水の吹送流としての流動機構は十分に理解されていない。少し個人的見解を述べさせていただくと,このような場での高潮の発生機構には,強風と海底摩擦による砕波現象が作り出す吹送流の発生機構の力学的検討を行う必要があると思う。すなわち,極浅海域の吹送流を考えるためには,砕波により強い海面せん断応力が発生し多量の海水が輸送される現象,波浪により平均流の海底摩擦が強くなる現象をモデル化する必要がある。両者を考慮した数理モデルにより,極浅海域での高潮の吹き寄せ効果が再現できるものと考えている。このような現象は,八代・有明海だけでなく,バングラデシュ,東シナ海の高潮の発達機構にもみられるはずで,高潮研究の今後の重要な課題の一つである。
 熊本大学工学部の滝川研究室では、詳細な高潮の痕跡調査を実施した。この調査から、沖に突き出た地形の西側ではTP8mを越す痕跡高さが観測されていることがわかる。痕跡高の調査結果をまとめてみると,概ね岬の西側の痕跡高は東側より高くなっている。私は,このような痕跡高の調査結果の解釈として,最大潮位の発生時には東向きの流れが生じており,これが岬で堰き止められて水位が上昇したという,「局所的吹き寄せ効果説」を提案したい。
 図4は1999年9月25日の熊本日日新聞朝刊の記事の抜粋である。空中写真と2枚の補助図から,以下のような氾濫災害の発生要因を読み取って頂けるものと思う。第一の要因は,旧道より低い底平地に住宅が建てられていたことである。第二は,「被害の多かった地区」の両端と中央に船舶航行用の水路(船だまりとしても使用)があり,ここから浸水したことである。この2つの要因は常識的な解説であるが,私は第三の要因として,前述した「局所的吹き寄せ効果説」を追加したい。すなわち,建設中の漁港の防波堤が高潮時の流れを水路へ導くような配置で設置されているため,西から(写真の右から)の流れが防波堤で堰き止められて水路内に進入する海水の量を増幅させたという説である。漁港設計上のミスだとと言う気は全く無いが,今後検討すべき事項としてこの第三の要因を示す必要があると思う。
 最後に,八代・有明海の高潮防災について私見を述べさせていただくと,ここでの高潮対策には海岸地形の長期変化による高潮特性の変化を考慮しなければならないのではないかという点である。今後も球磨川からの流送土砂および埋め立てにより海底地形や海岸線が変化するが,これが湾奥(不知火地区)の高潮特性を変化させることを十分認識して,海域全体にわたる長期的高潮対策を検討する必要があることを示しておきたい。


図4 不知火町落合の高潮被害地区(熊本日々新聞朝刊より)


東三河地方の竜巻

石川裕彦(大気災害研究部門)

竜巻の通過経路。矢印は観測された地上風の例。
この時刻に竜巻は豊橋市役所の東を通過した。

 台風9918号が山陰沖を通過中の9月24日、午前11時10分ころ、豊橋市で竜巻が発生した(表紙の写真)。また、これとは別の竜巻が、隣接する豊川市(12時10分頃)、蒲郡市でも発生した。京都大学防災研究所では翌9月25日に現地調査を行うとともに、気象資料や被害資料を収集し、竜巻の発生状況の解析を進めている。
 豊橋市で発生した竜巻は、豊橋市南部の野依地区で最初の被害をもたらし(写真)、市街地を約10km北上した。被災域の総延長は約10km, 最大被害幅は300m程度である。被害の概要は、住家被害が全壊40、半壊302、一部損壊1,959、人的被害は重傷10、軽傷405であった。人的被害が多かった理由は、この竜巻が学校を襲ったことによる。竜巻は日中発生したため、授業中の小中学校や高等学校では、割れたガラスによる負傷が多く発生した。豊橋市の中部中学校では、校舎の南面のガラスがほとんど割れ(写真)、ガラスの破片で200名以上の生徒が負傷した。また、ドーム状のスイミングプールのプラスティック製の屋根がプールに落下し、泳いでいた幼児の頭に当り大けがをしたという被害もあった(写真3)。
 豊川市の竜巻は、被害域の総延長約5km, 最大被害幅は150m程である。豊橋市で発生した竜巻に比べると規模は小さいが、38名の重軽傷者、328棟の住家被害をもたらした。
 これらの竜巻は、市街地を通過したため、多くの気象記録が得られている。一方で、市街地が故に復旧が迅速に進み、被害翌日に現地を訪れたときには風速を推定する手がかりになったと思われる被害例のかなりのものが片づけられてしまっていた。豊橋市周辺は、1969年にもほぼ同じ地域で竜巻が発生しているほか、古い記録にも竜巻の記載が多々ある。今回の事例では気象観測データも比較的豊富であるため、詳細な解析を進めているところである。

野依橋付近で河原に転落したトラック校舎南面のガラスが殆ど割れた中学校
死者が出たスイミング・プールの被害